取材の冒頭、丸井グループ取締役執行役員CWO(チーフウェルビーイングオフィサー)の小島玲子は1枚の絵を出した。一面に広がる畑の右側に1本のカカシが立っている。カカシは「医師」と「産業医」と書かれた札をぶら下げている。肥料がまかれた畑の奥にある母屋からは、人々が「肥料をまいてくれる、いいカカシだね」と話す声が聞こえる。
「産業医になって3年くらいたったころに描いた心象風景です。産業医は不調者対応をする人だと思われているけれど、それだけではない。働く人が生き生きと輝く、ウェルビーイングな社会をつくることに貢献したい。当時から変わらない、私のライフワークです」
ウェルビーイングとは、幸福や、心身のよりよい状態を指す言葉だ。丸井グループは2021年に社内にCWOを設置し、全社を挙げて社員と組織、社会の活力向上に取り組んでいる。
その推進役を担うのが、医師で医学博士の小島だ。11年に丸井グループの専属産業医になって以来、同社が目指すウェルビーイング経営の実務を主導してきた。21年には取締役に就任。一部上場企業の専属産業医が取締役を務めるのは日本初とされる。
「人の成長が企業の成長につながる」
そう話す小島が手がけるウェルビーイングの施策は、主に2つの柱からなる。
1つは「ウェルビーイング推進プロジェクト」だ。16年に始まった全社横断のプロジェクトで、一般社員が手挙げ式で参加する。希望者は志望理由を書いたリポートを提出し、書類選考を経て毎年50人が選ばれる。選ばれた社員は自らビジョンを描き、1年かけて自分と社会のウェルビーイングにつながる活動を行う。
もう1つの柱が、役員と管理職を対象にした「レジリエンスプログラム」だ。困難な状況下でも変化をチャンスととらえ、主体的に行動できる人と組織の育成を目指す。こちらも手挙げ式だが、この6年間で155人のリーダー層が参加し、部長職においては約9割が受講済みだという。
実は、レジリエンスプログラムはウェルビーイング推進プロジェクトの半年以上前に立ち上がった。レジリエンスを優先した理由を、小島はこう話す。
「部長職以上のリーダー層は組織への影響力が大きい。組織全体のウェルビーイングを向上させるには彼らを巻き込み、自分と組織の活力を高める人へと変容を促すのが先だと考えました」