サーカス世界巡業から宇宙の道へ。自由をあたえてくれたスウェーデン

レイン・ヴェラスコ|アメリカ宇宙ロケットセンター研究員

コロナ禍で苦境に陥ったサーカス団員がアクロバットから地球惑星科学へ。サーカスの訓練が「宇宙酔い」に悩む宇宙飛行士を救うかもしれない。


16年間サーカス団員として世界中を旅しながらパフォーマンスしてきたレイン・ヴェラスコ(32)は、2年前に突如、失職の憂き目にあった。新型コロナウイルスですべての公演が停止したのだ。

「世界中の友人が失職しました。以前は、寝ても覚めてもサーカスだけを考えていましたが、何か新しいエキサイティングなことを見つけないといけないと思いました。サーカス以外にエキサイティングといえば、宇宙しか思いつきません」

レインはメキシコ出身、15歳でサーカス団員になることを決意して渡米。4年間の訓練を受け、2013年、スウェーデンのサーカス団「サーカス・シルクール」に加わった。スウェーデンにはアーティストの支援制度があり、プロのためのトレーニング施設も充実している。世界各国を飛び回りながら、帰国してはトレーニングする生活を10年以上続けてきた。

ロンドンの大学で地球惑星科学を学び始めたレインにはユニークなアイデアがあった。無重力空間では「宇宙酔い」と呼ばれる症状になることがあり、頭痛や吐き気が1週間近く続くこともある。サーカスのアクロバット訓練で逆さま状態に脳が慣れたら、宇宙酔いを減らせるのでは──。

NASA(アメリカ航空宇宙局)とハワイ大学などが共同で行う、ハイシーズ(HISEAS、ハワイ宇宙探査アナログおよびシミュレーション)に研究を申請したところ、見事承認。実際にハワイに行き、火星を想定した環境下である、火山の上の隔離されたドームで2週間過ごした。エンジニアや研究者にアクロバットの訓練を行い、手応えを感じたという。

現在はストックホルムの大学に転籍し、大学の勉強とハイシーズの研究をしながらサーカス団員としても活躍。学費は無償で、生活費の補助もあり、学業に打ち込める環境が整う。「研究を続けて、宇宙飛行士の訓練に役立てたい。パンデミックのような不幸が起きても、その先は自分次第でよくできる。それを叶える自由をスウェーデンが与えてくれました」。

文=成相通子 写真=ジョン・ボンド

この記事は 「Forbes JAPAN No.094 2022年月6号(2022/4/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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