このワードロービングによって、ファッション業界全体は年間150億ドルもの損失を被っており、小売店やショッピングサイトのなかには、頻繁にワードロービングを行う顧客をブラックリスト化するところまで出てきているという。
製品タグをファッション化
こうしたワードロービング(返品行動)による損失もあってか、2019年3月に米国子会社の倒産にまで至ったイタリアの有名ファッションブランド「ディーゼル」は、その年の秋冬コレクションを発表するファッション・ウイークのイベントで、奇策に出た。
どうせ消費者のワードロービングを止められないのであれば、止めること自体を辞めてしまおうという挙に出たのだ。むしろワードロービングを奨励して、消費者に「返品する前に楽しもう!(ENJOY BEFORE RETURNING)」と訴えたのだ。
Diesel - Enjoy Before Returning -より
このキャンペーンは、世界の広告界やマーケティング界で飛びぬけて大きな影響力を持つカンヌライオンズ2020~2021のチタニウム部門で、ゴールドを受賞した。
返品するためには製品タグは切り離せないわけだが、ディーゼルはその製品タグのファッション化を試みた。具体的には、注目の集まるファッション・ウイークでのディーゼルのパーティに、製品タグを外に出している(tag out)人だけが入場できるようにしたのだ。
しかも、ディーゼル以外のファッションブランドの服をまとっていても、製品タグを外に出してさえしていれば、入場できるようにした。
また、ディーゼルのアイテム(サングラスなども含む)を、製品タグを付けたままにして撮った写真を、オンライン購入時のディスカウント・クーポンとして使用できるようにしたのだ。また、製品タグを表に出してファッションを楽しむ人たちの動画や、著名ファッションフォトグラファーによって撮影された「タグあり」写真も数多く公開した。
「製品タグ」をファッション化することで、消費者の間で広まっているワードロービングまでも、「ディーゼルは新しいコレクションだと考えている」とメッセージしたのだ。
消費者側に立ったマーケティング
一見、企業にとっては避けるべきワードロービングを助長するようにも見えるこのキャンペーンは、ディーゼルの商品の返品率を大幅に引き下げた。実店舗で9%、オンライン販売では14%も返品率の低下をもたらしたという。
さらに、売上も全世界で24%もアップした。新たな購入者の内訳を見ると、半数以上がそれまでディーゼルの商品を購入しようと考えていなかった、より若い世代の人たちだったという。
ネット上にある多くの写真を見ると、製品タグを表に出しにしているその姿は、確かに妙にファッショナブルにも感じられる。
このキャンペーンでは、ワードロービングという返品行動に対して、正面から敵対するのではなく、ある種の理解を示したうえで、それを新しいファッションとして扱ったディーゼルの行動に、一定の共感が集まったのだと考えられる。
これは、プロダクトアウト(作り手側の都合を優先する)ではなく、マーケットイン(ユーザー側の都合を優先する)で思考するという、マーケティング理論の基本に則った行動だとも捉えられる。
消費者が何らかの理由があってとっている行動に対して、否定するのではなく、それらに寄り添い、送り手側からも何らかのアイディアを加える。ファッションだけではなく、他の業態でも参考になる事例ではないだろうか。
連載:先進事例に学ぶ広告コミュニケーションのいま
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