ボー・リンネマンは数々の国際的なデザイン賞を受賞するデンマーク在住のデザイナーで、デザイン会社「Kontrapunkt(コントラプンクト)」の創業パートナーだ。コペンハーゲンと東京に拠点をもつ同社は、これまで多くのグローバル企業のブランド・アイデンティティを手がけている。
日本とも親交が深い彼に、なぜ企業が「美学」と「物語」を取り入れる必要があるのか。いかにオリジナリティを発信していけばよいのか、話を聞いた。
「庭は日本庭園風になっているんだけど、まだ季節が早くて、美しいところを見せられなくて残念です」。リンネマンに、彼が住むコペンハーゲン郊外の家で撮影させてほしいと依頼すると、そう答えてくれた。デンマークの建築家でデザイナーのアルネ・ヤコブセン(1902〜1971)が設計し、ヤコブセン自身もしばらく住んだという家を購入することになったのは、偶然のことだったという。
「ヤコブセンは、包括的(ホリスティック)な考え方をする人物。家だけではなく、町づくりの計画にかかわり、コミュニティもデザインした。建物だけではなく、家具や照明、陶器、キッチン用品、ドアノブや建具もデザインしているんです」。非常に小さなものから、大きなものまで、すべてのスケールでデザインするそのアプローチは、自身のKontrapunktでのブランディング、デザイン活動に大きな影響を与えているという。
Kontrapunktは1985年に創設された世界的なデザイン・エージェンシーで、その社名は、デンマークの音楽用語から取った。複数の旋律を、それぞれの独位性を保ちつつ、互いによく調和させて重ね合わせる技法のことだ。約40年にわたり、ビジュアルを通して企業の自己理解と再発見をサポートしてきた。リンネマンは、その過程で気づいたことがあるという。
「『アイデンティティをつくる』ことは『変化を可能にする』ことでもある、ということです。市場でのポジションの移行から経営戦略の転換まで、見た目だけではなく、すべての変化のことをいいます。特に大企業の多くは、変化が必要だと理解していても、その方法がわかりません。デザインは、その点で影響力をもつ『調停者』になりえます。その会社が変化について真剣に考え、語っているということの内外に向けての視覚による『証拠』なのです」
大きな「変化」を可能にする力
リンネマンは、2010年代、デンマーク最大手の国営エネルギー会社の大転換に立ち会った。当時デンマーク石油天然ガス(Danish Oil and Natural Gas)という名前だったこの企業を、2010年、デンマーク議会がグリーンエネルギーへの完全移行を決めた。
当然、事業の中身は完全に入れ替え、化石燃料から完全に撤退し、再生可能エネルギーの供給体制を確立しなければならない。もちろん、名前も変える必要がある。北欧ではかつてない規模の包括的なプロジェクトだった。「アイデンティティが変わるだけではなく、会社のすべてが変わるという、とても大規模なプロセスだった」と、リンネマンは振り返る。