「ずっと子ども向けの漫画を描いていましたが、読者の対象年齢はどんどん上がっていました。そこで、大人の気持ちを代弁できるような漫画が描けたらと思ったんです」
このときは、大人の夢は何だろうと考えたといいます。
「大人になると、夢は欲望に変わります。恋愛だったり、お金だったり。その欲望が簡単にかなうなら、どうだろうと考えました」
こうして新境地を開拓していったのですが、長く漫画家をやっていて、「もうダメか」と思ったこともあったそうです。でも、そんなときにまた、新しい仕事や出会いが訪れたといいます。
「まさに『果報は寝て待て』です。若いころは、漫画を出版社に持ち込んだこともある。でも、褒められるどころか『これ直せ、あれ直せ』でした」
それで持ち込みをやめたところ、不思議なもので、逆に声が掛かるようになったといいます。
「持ち込むとの頼まれるのとでは、最初から違う。頼まれれば、こっちは先生でしょ(笑)。『忙しいけど、しょうがないなぁ』なんて言いつつ、心では『やった』と叫んでいましたね」
そして大きかったのは、素晴らしい担当編集者と出会えたことだったと語ります。
「担当編集者は最初の読者です。目の前で読んでくれて、『面白い。ここが……』なんて言ってくれると、グッとやる気が出ます。でも、なかにはページだけ確認して帰っちゃう人もいる。ガクッときますね。相手にどんな対応をするのが仕事の上でプラスになるのか、そういう配慮をすることは、どんな仕事でも大事だと思います」
仕事というのは、人との関わりがなかったら成り立たないと藤子不二雄Aさんは言います。
「人とのやりとりを大事にする人、人に好かれようと努力する人は、きっといい仕事ができるはずです。世の中には『面白い仕事をしてお金をもらうなんてぜいたくだ』という人もいます。
でも、僕は違うと思う。誰もが面白い仕事をするべきです。大事なことは、そう願うこと。もっと面白い仕事をしたいという思いは、きっと仕事にも人生にも大きなプラスをもたらしてくれると僕は思います」
誰にも何の保証もなくなった時代、これからは自分というものを強く持ち、大事にすることが大切になると語っていました。
「それと、プラス思考であること。毎日を楽しく過ごそうとする。イヤなことがあっても、いいように解釈しようと心掛ける。お気に入りの服を着て会社に向かうとか。楽しく過ごす努力は、ちょっとしたことから始まるんです」
藤子不二雄Aさんの順風満帆の会社員から漫画家への大胆な転身は見事に成功しました。
「僕の決断が人生にプラスになったのは結果論かもしれません。もちろん個人的に僕が幸運だったということもあります。でも、僕は絶対に悲観的に物事を考えなかった。なるようになるさと思っていました」
それが運を呼んで成功を掴んだのではないかというのです。
「運というものは、悲観的な考え方の人にはつかない。いいほうへと考える人のところに行くものなんだと思います。僕の都合のいい解釈かもしれませんけどね(笑)」
そして自分を大事にし、プラス思考だったからこそ、読者をワクワクさせる作品が生まれたのでしょう。
連載:上阪徹の名言百出
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