通常の文学賞であれば、主催するのは出版社で、選考委員は作家だったり編集者であったりする。本屋大賞を運営しているのは、書店員の有志で組織する本屋大賞実行委員会で、あくまで本を売る現場の人間の意思が反映されている賞なのだ。
しかもこの賞で特徴的なのは、「流通」と密接に結びついている点だ。全国の書店員によって一次投票で選ばれた10作品は、「ノミネート作品」として大賞が発表される約2カ月半前から書店の店頭に大量に並ぶ。大賞作品に至っては、受賞作品として売り場に「山」が築かれる。
ちなみに、今年は「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬*著)が大賞を受賞したが、一次投票には全国483書店より627人の書店員、二次投票では322書店から392人の書店員が投票に参加した。
つまり、これらの書店では投票した書店員によってノミネート作品や大賞作品が確実に店頭に並ぶことになる。老舗の文学賞などより売上部数が伸びるのも当然のことかもしれない。
『流浪の月』(C)2022「流浪の月」製作委員会 ギャガ
原作者の熱い支持を得て映画化へ
今年で第19回を数える本屋大賞だが、大賞受賞作品のほとんどが映像化されているのも、特記されるべきことかもしれない。しかも小説としての「基礎票」が確かなためか、映画化されてヒットを記録する作品も多い。
一昨年の本屋大賞に輝いた凪良(なぎら)ゆうのベストセラー小説「流浪の月」も、受賞直後から映像化のオファーが殺到したという。著者のもとに寄せられた企画書のなかには、映画監督の李相日(リ・サンイル)のものもあった。そしてその企画書には監督直筆の手紙も添えられていた。
もともと「悪人」などの李監督の作品が好きだった凪良は、直筆の手紙に書かれていた内容にも深い共感を覚え、「これはもう李監督にお願いするしかない」と思ったという。手紙を添えた李監督は、原作については次のように語る。
「本屋大賞を受賞する前に人に勧められて読みました。『恋愛』という言葉では括れない濃密で清々しい2人の関係に、ある種の理想形を垣間見ました。そんな関係が本当に存在し得るのかという疑念と、だからこそあって欲しいという願い。社会という荒波にさらされても砕けない、確かな純粋性を追求できると感じました」
原作者の熱い支持も得てスタートした「流浪の月」の映画化だったが、実は脚本も担当した李監督によって、原作はかなり改変されている。視点を主人公の現在に置き、過去の出来事をその時系列のなかに巧みに織り込みながら、物語が進行していくのだ。
*逢は二点しんにょう