顔認識AIを用いたウクライナの戦略
ソーシャルメディアに投稿されたロシア軍戦死者の写真を見つけ出し、顔認識ソフトウェアにアップロードする。ソーシャルメディアから収集した数十億枚の顔画像のデータベースと照合し、遺体の身元を特定する。戦死者の家族や友人にSNSを介して連絡し、本人がプーチン政権によるウクライナ侵攻の犠牲になったことを知らせる。これは監視技術を用いたウクライナ側の戦略のひとつで、情報統制下にあるロシア国民に戦死者の実態を伝える狙いがある──。
ウクライナのミハイロ・フェドロフ副首相兼デジタル改革担当大臣は3月23日、メッセージングアプリ「テレグラム(Telegram)」を通じてそう発表した。
ウクライナはその数週間前から、ニューヨークに拠点を置く顔認識技術の販売会社「クリアビューAI(Clearview AI)」からこの目的のためにサービスの提供を受けていた。フェドロフ副首相は使用するAIのブランド名を明かさなかったが、その後のForbesの取材で、クリアビューAIが無償でソフトウェアを供与していることが判明した。
この技術を使えば、多くの戦死者の身元が特定できると考えられる。ロイター通信のインタビューに応じたクリアビューAIのホアン・トン・タットCEOは、同社がソーシャルメディアから収集した100億枚以上の顔画像をデータベースに保有していることを明らかにした。そのうち約20億枚は、ロシア最大のSNS「フコンタクテ」から収集した顔画像だという。
ウクライナの最終的な狙いは「“ロシアの徴集兵は前線に派遣されず、誰も死なない”とされている“特別軍事作戦”の神話を打ち破る」ことだと、フェドロフ副首相はテレグラムの投稿に書いている。
誤認逮捕、プライバシーの侵害……「顔認識技術」をめぐる批判
そのわずか1カ月前、クリアビューAIと顔認識技術には強い批判の矢が向けられた。米国議会は連邦政府による顔認識技術の利用を非難し、白人と比べてアフリカ系・ラテン系・アジア系の人々が過度に標的にされやすいこと、誤認逮捕につながりやすいことを指摘したうえで、顔認識システムがプライバシーの侵害に当たることも明らかにした。アメリカ自由人権協会などの人権団体は、いかなる状況下でも顔認識技術は使うべきでないとして、全面的な禁止を訴えている。
ウクライナの兵士Igor Maletsの死を悼む。ウクライナの都市リヴィウの教会で、5月5日(Photo by Omar Marques/Anadolu Agency via Getty Images)
もちろん、犯罪者の特定を目的とした米国の事例と、ウクライナの使用目的は大きく異なる。最愛の家族がプーチンの戦争の犠牲になった事実をロシアの人々に知らせることが狙いなら、死亡したロシア兵の身元を特定するのはそれほど問題にならないかもしれない。
言うまでもなく、死者はプライバシーの権利を持たない。少なくとも米国の法律ではそうだ。だから警察は死者のiPhoneやスマートフォンを遺体の顔前に掲げてロックを解除することが許される(生体認証の場合は高い成功率が望めないが)。だが、戦時にこの技術を活用すれば、別の状況で生者のプライバシーを脅かすことが正当化される可能性もあるから、プライバシー擁護派はこの事態を憂慮すべきではないだろうか?