じつは谷口氏は、最難関国立大学のひとつ、あの大阪大学で2005年から10年以上続いた講義「日本国憲法」のカリスマ講師でもあった。彼女の大人気講義は金曜の1限、午前8時50分という開始時間にかかわらず学生たちを釘付けにし、300人以上の大講義室を毎回満員にし、沸かせた。
現在も大阪芸術大学で教鞭をとるその伝説の講師に、「教養」とは何か、世界を理解する上での「対話」の意味とはを聞いた。
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大学の講義で、「携帯電話の形を説明しなさい」というと──
「教養」とはいったいなんでしょう。
それは、携帯電話をまるっと360度から見て、説明できる力だと私は思います。
たとえば私が大学の教壇に立って、自分の携帯電話(スマートフォン)の、ロックされている画面の方を教室に向けて、「これはどんな風に見えますか?」 と学生さんたちに聞いたとします。
ほぼ、間違いなく「携帯電話」や「スマホ」と答えてくれます。その次に、「これがスマホとわからない方に、どんな形状かを教えるとしたら?」とたずねると、「黒い長方形」という答えが返ってきます。
でも、講義室が楕円形やU字形で、私が前方の真ん中にいるような場合は、「ケース側」を見ている学生もいますから、ケースの柄などについて答えるでしょうね。
私を真横から見ている学生は、携帯も真横から見ますから、「分厚い紙のよう」「太い線」などと答えるかもしれません。
「教養」とは、自分で携帯電話をグルグル回して、黒いつるんとした長方形だったり、ヒョウ柄のケースをかぶっていたり、あるいは太めの線のような形、であると回答できる力。ものごとを、世界を、点や線や面ではなく、「立体」、すなわち「もともとの構造」がどのようなものであるかを、いろんな角度からとらえられる力のことをいうと思います。
谷口真由美氏