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2022.05.20

押井守×小島伸彦|妄想の中にこそ、未来のビジョンがある。SFと科学が交差する先に生まれるものとは<FUTURE meets FUTURE #1>

神奈川県藤沢市に位置する日本最大級のサイエンスパーク、「湘南ヘルスイノベーションパーク(略称:湘南アイパーク)」。2018年4月に設立されたこのサイエンスパークには、次世代医療、AI、ベンチャーキャピタルから行政まで、各業界の専門家たちが集い、新たなエコシステムが形成されている。ここに集まるイノベーターたちは、どのような未来を目指しているのか。また、異分野のトップランナーたちと語ることで生まれる化学反応とは。異分野同士の対談により新たな未来像とそこへ向かうヒントを見出す対談連載、「FUTURE meets FUTURE」をお届けする。

1回目となる今回は、日本を代表する映画監督・アニメーション演出家である押井守氏と、横浜市立大学大学院・再生生物学研究室の生物工学者・小島伸彦氏が語り合った。SF・アニメ監督と生物工学者の対話から、どのような化学反応が生まれるのだろうか。


押井守氏といえば、『うる星やつら オンリー・ユー』『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』『機動警察パトレイバー the Movie』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』など、数々のアニメ・SF作品を世に送り出してきた。アニメにレンズの概念など実写的要素を取り入れたレイアウトシステムの導入や、2Dと3Dの融合、ビジュアルエフェクツの採用等、作品づくりにおいてもさまざまな手法・技術を積極的に取り入れ、その世界観に魅了されるファンは少なくない。

そして、その世界観と、押井氏が描いた「人体拡張」に魅了されたひとりが、生物工学者である小島伸彦氏だ。フェニルケトン尿症(生まれつき肝臓の一部の機能が欠損する病気で、生涯にわたり厳しい食事制限を強いられる)の新たな治療法として提唱する「液体肝臓」や、バラバラにした細胞を再度三次元的に組み立て直して作る「ミニ臓器」の研究も行っている。

押井氏が描いてきたSFの世界をまさに科学で実現しようとしている小島氏。別の角度から技術革新の可能性を提示し続けるふたりが描く、人体の未来とは。


対談の様子はForbes JAPAN公式Youtubeでも公開中。

押井氏が描いた「代謝機能の制御」が研究への第一歩


小島伸彦(以下、小島):私は現在、細胞を使って体外でさまざまな人工臓器を作り、人間の体内にある臓器の機能を補助・補完する再生医療の研究を行っています。最近では、肝臓の代謝酵素を封入した赤血球を「液体肝臓」と呼んで開発を続けています。これは、病気によって失われている肝臓の機能を補う赤血球を血液の中に流し込むことで、肝臓を外科的に移植することなく、患者さんの肝機能が回復するようにする研究です。

私が再生生物学の研究の道に入るきっかけのひとつになったのが『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(以下『GHOST IN THE SHELL』)です。とても大きな影響を受け、この作品のような世界を実現したいと考えてきました。

『GHOST IN THE SHELL』のワンシーンに、草薙素子(主人公)が船の上でビールを飲んでいて、「その気になれば体内に埋め込んだ化学プラントで、血液中のアルコールを数十秒で分解してシラフに戻れる」と話す場面がありますが、このシーンは、人工肝臓の研究に踏み出そうと考えていた私にとって衝撃的でした。知覚を鋭敏化させた、あるいは運動能力や反射を飛躍的に向上させたサイボーグはSF作品でよく描かれますが、代謝能力について取り上げている作品は攻殻機動隊以外にはほとんどないと思います。監督が作品中で代謝の制御を取り上げた理由はどこにあったのでしょうか。

押井守(以下、押井):サイボーグはSFの世界では古くからあるテーマです。エンターテインメントである以上、ある種のヒーローものになるので、普通であれば人工的な骨格や人工筋肉などで運動能力を強化したスーパーマンを描くという発想が多い。ただSFの世界にはメタボライザーと呼ばれている代謝調節装置があって、私個人的には代謝機能そのものをコントローラブルにするというアイデアに興味がありました。

というのも、ロボットを作ってその中に人間の脳味噌をぽこっと収めるよりは、むしろ人間がもともと持っている能力を活性化する、あるいはコントローラブルにする方が実は理想のサイボーグを実現する上で早いのではないかという考えがあったからです。ただ、映画やアニメーションで、代謝や血流、アドレナリンの放出など体内の変化はなかなか絵にしにくく、表現が難しい。なので作品中ではそのシーンでのみ、代謝機能について触れさせていただいたんです。

小島:なるほど。原作の『攻殻機動隊』とは独立に、代謝制御のアイデアがあったということですね。押井監督でなければ描かれなかったシーンだったのかもしれない。人間をベースとしたサイボーグという発想には私は大賛成です。私自身、SF作品やサイボーグに影響を受けていると言いながらも、自分自身や周りの皆さんが、本当にメカメカしたサイボーグになる世界は想像しにくく嫌だなと思ってきました。鉄などの金属ベースのサイボーグではなくて、細胞ベースの有機素材を用いたサイボーグであれば違和感なく生活が送れるのではないか。そこで細胞を組み立てるという方法で、そういう世界観を実現できないかと研究を続けてきました。最新の研究では、ブタの体の中に人間の臓器をつくり、それを取り出して移植(=サイボーグ化)するというようなことが可能になってきています。20-30年前までSFの世界でしかありえなかったことが、どんどん実現できるようになっていますが、押井監督は現在の状況についてどうお考えでしょうか。


横浜市立大学大学院・再生生物学研究室 生物工学者の小島伸彦准教授

押井:今後、テクノロジーが発展することで、人間の肉体の自己完結性が問われていくと思います。ひとりの人間がひとつのオリジナルな肉体を持っていて、パーツの交換をしたり、メンテナンスを施したり、改造していくというような未来は近づいてきていると思いますが、そこにはあくまで自己完結性が存在している。

私自身は、人間の肉体は自己完結せず端末化できると考えています。コンピュータであればサーバーがあって、随時バージョンをあげていくことが普通に行われている。人間の肉体に置き換えれば、必要な機能を外部化することが可能なのではないかと。例えば、メンテナンスの際に、ある種の外部化された代謝システムみたいなものと繋ぐことで、端末側の人間の身体の診断やメンテナンスを一気に施すといったものです。攻殻機動隊の映画の世界では、記憶を外部化するという表現をしていますが、記憶という情報のみならず、代謝など身体機能自体を外部化することが将来的に日常化することで、サイボーグという概念も一新されていくと思います。

研究者には「まだ誰も成し遂げていないものを成功させる喜び」が必要


小島:私は学生時代に監督の作品を見て、その世界観の実現を目指してきましたが、たった今、さらに上の目標を提案していただいたように思います。大切にしたいと思います。私自身は、SF作品の世界のように臓器移植をより身近な選択肢として選べる世界を目指したいと考えてきました。「液体肝臓」は、先天代謝異常症を治す以外にも、お酒が弱い自分から、お酒が飲める自分に生まれ変わったかのような体験も実現します。すなわち、治療法であると同時に、自分の生きたいライフスタイルを送るための技術になると考えており、実際に皆さんの期待が高いことを実感しています。

一方で、臓器を生み出し移植するという行為について、倫理を問われることもしばしばです。押井監督は作品を制作する際に、倫理についてはどうお考えですか。

押井:私自身は、モラルを気にしていたらアニメは作れないと考えています。自分の中の最低限のルールは守り、自由に妄想している。例えば私の場合、子どもと動物を虐待したり、惨殺するようなシーンは絶対描きたくないと考えて、それ以外は見てもらう人たちの判断に委ねればいいと考えているんです。

過去、核物質の実験に成功した研究者たちは、多くの人を殺しかねないと思いつつも、その研究を成し遂げたことに歓喜した。学者や表現者たちは倫理について考えざるを得ない瞬間はあっても、同時にまだ誰も成し遂げていないものを成功させる喜び、人を驚かせたいという気持ちを持ち続けるべきだと思います。

小島:私も講演会などでよく問われるのですが、私自身は、研究を進める人と社会実装する際に倫理を考える人は別だという意見です。自分たちは「こんなことが実現したらいい」もしくは「医療の概念が変わる!」と信じたことを実現できるよう研究を進めるのみ。新しいものを生み出すわけですから、倫理ばかりを先に考えていては前に進めません。社会実装する際には、法律やルールを整える必要がありますが、それはその道のプロの仕事だと思っています。

すみません、これは個人的にどうしてもうかがってみたかったのです。攻殻機動隊の原作はコミカルな表現も多くみられましたが、なぜ、映画ではシリアスなトーンにしたのですか?押井監督はドタバタコメディもお得意ですから。

押井:意図的にやったことなのか? とよく聞かれるのですが、実際には予算の関係で70分ちょっとにまとめざるを得なかったから、遊びに時間を使う余裕がなかったんですよ。それが結果的には本当に必要なことだけを残して、無駄を削ぎ落とす作業になったのかもしれない。ただ、個人的にはその無駄がとても大事だと思っていて、サイボーグが作られる過程を、音楽と共に見せたオープニングの部分が、『GHOST IN THE SHELL』の作品の中では「自分」を一番出したところだと思っています。

小島:経緯をうかがえて、なんだかすっきりしました(笑)。制約があるからこそ良いものができるのかもしれません。あの、サイボーグが作られる過程のシーンは大好きです。

映画も研究も協業がイノベーションを起こす


小島:バイオベンチャーやアカデミアが持つ革新的なアイデアを社会実装するという目的を持った湘南アイパークは新しいエコシステムです。そして、研究者をはじめとする関係者が隔たりなく交流できるイノベーティブな相互作用の場を提供しています。これほど大きな建物の中にさまざまな役割を持つたくさんの研究者が集まる場は、これまであまり存在してきませんでした。映画やアニメ業界では、エコシステムや交流のハードルを下げる取り組みは昔からあったのでしょうか。また、押井監督は、クリエイターの皆様と協業する際に心がけていることはありますか?

押井:私たち監督の仕事は、基本的に人と付き合うことだと考えています。自分で完結する仕事はほぼありません。絶えず誰かと何かを共有する。監督って一方的に何かを命令をするイメージが強いですけど、全然そんなことなくむしろ逆なんですよ。人の話を聞くのが仕事。自分の欲求を忘れて、いかにハードルを下げるかを常に意識していますね。集団で物をつくるのであれば、全員の手足だけじゃなくて頭も使いたい。そのため、自分の欲求を下げるのです。肉体の話もそうですが、自分を実現することはすなわち自分のハードルを下げることであり、そこから多くの可能性が出てくると考えています。

同時に、私が意識しているのは、いかにして頭の中に隙間を作るか。余白のない身体や頭は必ず破綻します。世の中のシステムも同じで、欲求値を上げることよりも、むしろ欲求を下げることで隙間を生み、そこにどんどん新しいものを生み出していくことでしか変わらない気がします。求めすぎると最終的に欲求不満が募るだけ。できないことばかりが目につく。だから僕の仕事はその隙間を作ることだと。現場で何をやっているかというと、けっこうサボっているんですよね。


映画監督・アニメーション演出家の押井守

小島:たしかに隙間を空けるということは、実践が難しいですが、今の日本において新しいイノベーションを実現していくために欠かせないことだと思いますね。求めすぎないということは、日本のライフサイエンス業界全体に必要なことかもしれません。過度な成果主義は弊害をもたらします。

さきほどSFと現実のテクノロジーの距離が縮まってきたという話をさせていただきましたが、今後、SF側はどう変化していくのでしょうか。押井監督自身が制作していく上で意識されていることなどあれば教えていただきたいです。

押井:かつてSFは技術予測であり、時代に先駆けてビジョンを提出するある種の予言的な機能を期待されてきました。ただ私は、技術予測はSFの本質じゃないと考えています。むしろ、SFの世界の技術予測は、一昔前のレベルでいえば外れつつある。そして、それはとても良いことだと思っています。技術がSFの世界を追い越すことがあるからこそ、SFはより“妄想化”すべきだと思う。正確な技術予測というよりは単なる妄想。その妄想の中に、未来のビジョンがあるのかもしれない。それが多分私たちの仕事だと思っています。技術的な興味はありますし、耳を傾けたい。しかし、それとはまったく違った未来を妄想していきたいですね。

小島:監督が「妄想が大事」だというふうにおっしゃっておられましたが、私はどちらかというと必要以上に学術的に考えずに、研究に直接関係がないいろいろなものごとからインスピレーションを受けて、妄想しながら新たなアイデアを獲得するタイプです。日本の研究の現場で、押井監督のような妄想や個性、遊び心を前面に押し出す研究者が増えてくれば、さらに面白い成果が登場するかもしれないですね。

──「代謝などの身体機能の外部化」に加え、「(他人や動物との)身体感覚の共有化」といったアイデアも飛び出した両氏の対話は、まるで「攻殻機動隊」の続編をみるかのような、未来の予感に満ち溢れたものとなった。

25年前に押井氏の“妄想”の世界に刺激を受け、その実現に向けて常識にとらわれない研究を進めてきた小島氏。一方で、技術がSFを追い越すことがあるからこそ、さらにSFを “妄想化” させたいと押井氏は語った。未来を妄想するSFと、未来を実現する科学。両者の“共創”、そして“競争”が未来の可能性を拓いていくのかもしれない。


湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)とは

2018年4月に開所した、日本初の製薬企業発サイエンスパーク。現在は、製薬企業のみならず、次世代医療、AI、ベンチャーキャピタル、行政など、大小さまざまな約150の産官学が集まっている。今回の対談に出演した小島氏をはじめ、社会課題の解決を目指す多くの研究者や経営者が、日々ヘルスイノベーションの創出を目指す場となっている。


小島伸彦(こじま・のぶひこ)◎生物工学者。大阪大学大学院工学研究科応用生物工学専攻修士課程修了の後に、東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了。(財)神奈川科学技術アカデミー宮島「幹細胞制御」プロジェクト常勤研究員、東京大学生産技術研究所助手、カリフォルニア大学ロサンゼルス校および退役軍人医療センター上級研究員、東京大学生産技術研究所特任助教を経て、2013年より、横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科生命環境システム科学専攻再生生物学研究室に准教授・主宰として着任。「液体肝臓」や様々な内部構造を持つスフェロイド(ミニ臓器)等の研究に取り組んでいる。2020年には湘南アイパークとともに「液体肝臓」をフェニルケトン尿症患者に届けるためのクラウドファンディングを実施。目標の2倍を上回る12,394,000円もの支援額の調達に成功した。

押井守(おしい・まもる)◎映画監督・演出家。東京学芸大学教育学部美術教育学科卒後、タツノコプロダクションに入社、テレビアニメ『一発貫太くん』で演出家デビュー。スタジオぴえろに移籍後、『うる星やつら』ほか、数々の作品に参加。後にフリーとなる。日米英で同時公開された劇場版アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)はジェームズ・キャメロン監督やウォシャウスキー姉妹(元・兄弟)ほか海外の著名監督に大きな影響を与えた。また、『紅い眼鏡』以降は、『アヴァロン』など多数の実写映画作品にも意欲的に挑戦を続けている。主な監督作品『機動警察パトレイバーthe Movie』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』など。





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Forbes JAPAN x 湘南アイパーク 連載ページ「FUTURE meets FUTURE」公開中

Promoted by 湘南アイパーク / text by 河鐘基 / photograph by 有高唯之 / edit by 千吉良美樹

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