小山薫堂(以下、小山):ご著書『じつは食べられるいきもの事典』を拝読しました。「サンタクロースの国ではトナカイを食べている」「ネズミザメの心臓は貴重な珍味」「クマの手のひらは超高級食材」など、紹介の仕方も興味を惹かれますし、人間の食文化の多様性がよくわかって面白かったです。
松原 始(以下、松原):ありがとうございます。
小山:僕は2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務めているのですが、万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で、担当するパビリオンのテーマが「食」なんです。つまり、ここ2年「命と食」についてずっと考えていた。松原先生は、人間の「これは食べるけど、これは食べない」という線引きはどこにあると思いますか?
松原:身も蓋もないですが、「おいしいか、おいしくないか」でしょうね。
小山:なるほど。逆に、これまで人が食べたことがないけれど、実はおいしいというものも世の中にはあるのでしょうか。
松原:あると思います。ただ、大抵のものって、毒ではないけれど、おいしくないんです。いま地球上に食べられずに残っているのは「食えるが、わざわざ食うほどではないもの」だけではないでしょうか。
小山:例えば昆虫は、今後の調理法によってもっとおいしくなったりしますか。
松原:虫は確かに調理法で味や食感が変わります。揚げるといちばん食べやすい。
小山:僕、子どものころにトンボを見るたび、素揚げにしたらおいしいだろうなと思っていました(笑)。なんでトンボって食べられないんだろう?
松原:捕るのが面倒だから。人も動物も、捕るのが面倒だと食べないんですよ。僕の研究対象はカラスですが、カラスもああ見えてすごく地味なもの、例えば蟻をちまちまと食べていたりするんです。
カラスのお味はいかが?
小山:では「おいしいか、おいしくないか」の線引きはどこにあるのでしょうか。
松原:いろいろあるだろうけれど、臭いでしょうね。欧米の南極探検隊だったかがペンギンを食べようとしたけど、臭くて食べられなかったと。たぶん、魚の臭いが彼らには耐えられなかった。一方で日本の明治時代の白瀬南極探検隊はアザラシを食べようとしたけど、獣臭くて食べられなかった。
小山:国民性もある?
松原:肉を食べ慣れている、魚を食べ慣れているという差はあったと思います。