「自由」を30回、「愛」を182回歌い上げた尾崎豊。31回忌に精神科医が思うこと

別冊宝島「尾崎豊 Forget Me Not 語り継がれる伝説のロッカー、26年の生き様」2017年、宝島社刊)(左)


「境界性パーソナリティ障害」からの魂の叫び


BPDは対人関係や自己像、感情の不安定さが著しく、衝動性の強い性格の者が以下の9項目のうち5つ以上満たす時に診断される。

1.人に見捨てられることを極端に恐れる。2.相手への理想化とこき下ろしの極端な揺れ、3.不安定な自己像、4.自己を傷つける2つ以上の行為(浪費、性行為、物質乱用、無謀運転、過食)、5.自殺行動、繰り返す自傷行為、6.短期的な感情の不安定さ、7.慢性的な空虚感、8.不適切で激しい怒り、9.ストレス関連性の妄想や重い解離(自分の行動の記憶をなくす。ひどいと多重人格となる)

尾崎の「シェリー」の歌詞には、BPDからの魂の叫びと呼ぶにふさわしい言葉が並ぶ。

焦って何もかも捨て、金か夢か分からない暮らしを続け、負け犬なんかではないと強がり、恨まれていないかおどおどし、愛される資格があるか不安におののく。
「シェリー」を聴いたとき、それは中島みゆきの曲「あした」の歌詞に通じるものだと直感した。


不倫の噂もあった女優・斉藤由貴から尾崎への手紙「月刊カドカワ1990年11月号」から(現在はプレミアがつき、入手困難である)

♪抱きしめれば2人はなお遠くなるみたい 許し合えば2人はなおわからなくなるみたいだ 

ガラスならあなたの手の中で壊れたい ナイフならあなたを傷つけながら折れてしまいたい♪

もちろん、シンガーソングライターにとって、作品イコール人生とは限らない。中島みゆきが「あした」のようなBPD的な経験をしたのか、私は知らない。

一方、尾崎は1歳の時、母の病気で祖母にしばらく預けられ、祖母を母親と思うようになったころ、再度母のもとに戻った。つまり、二度「自分を守るもの」から離された経験が影響していると父健一は振り返っている。

精神分析では、心の傷を受けた年齢が若いほど、のちの精神疾患は重いものになるという考えがある。しかし、父の言う母子分離体験がどれほど尾崎の精神を蝕んだのか、本当に知る術はない。

注意欠如多動症的気質も


尾崎のBPD的心性の背景には注意欠如多動症(ADHD)的気質のあることが、父の著書からうかがえる。

発達障害のなかで一番多いのが、ADHDだ。不注意と多動・衝動性が症状の中核で、芸能人やスポーツ選手にもよくみられる。


大阪ライブコンサートの選曲コンテで自分の大事な持ち歌「存在」のタイトルを「存存」と書き間違え、直した跡のある直筆ノート

尾崎は水が苦手と書いたが、そのきっかけは子ども時分のこと。家族で温泉に出かけ、あとさき構わず湯船に飛び込んで溺れかかった。父は「前に進み過ぎるところがあったのかもしれません。私も引くことは教えませんでした」と振り返る(尾崎健一『天国の豊よ、思い出ありがとう』1994年、麻布台出版社刊)。

小学校では夏休みの宿題を放ったまま8月25日にハイキングにでかけたり、中学の時はシャツのしわが気になって、靴下をはくのを忘れて裸足に靴をはいて出かけたり、成人後、高山への里帰りで家族を乗せた車を運転、フルスピードで6時間突っ走ったりした。

それにしても、こうして精神科医の目から尾崎豊の“心の腑分け”を試みるとき、どこか腑に落ちないものを感じるのはなぜだろう。
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文=小出将則

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