「自由」を30回、「愛」を182回歌い上げた尾崎豊。31回忌に精神科医が思うこと

別冊宝島「尾崎豊 Forget Me Not 語り継がれる伝説のロッカー、26年の生き様」2017年、宝島社刊)(左)


「I LOVE YOU」か「OH MY LITTLE GIRL」か、それとも「15の夜」か


尾崎豊の代表曲は何か?という陳腐だが逃せないアンケートが何回かあった。
advertisement

「I LOVE YOU」や「OH MY LITTLE GIRL」といったバラードの名曲か、キーワード♪盗んだバイクで走り出す♪の「15の夜」、あるいは♪夜の校舎 窓ガラス壊してまわった♪の「卒業」が定番だ。

尾崎のプロデューサーだった須藤晃は「卒業」を、中島みゆきの「時代」とともに後世に残る作品と評価した。とくに「卒業」は体制に対するプロテスト・ソングではなく、内省的なエレジーだったとエッセイに書いた(「Pen」5月1・15日GW合併・特集「尾崎豊、アイラブユー」 2019年475号「孤独の遺産」より)。同感である。以下、私も精神科医として中島の「あした」、尾崎の「シェリー」などをもとに考えてみたい。

俳優の吉岡秀隆は尾崎の曲「シェリー」を聴くやいなや、電撃が走ったという。尾崎の晩年、5歳上の尾崎を兄として慕い、追悼式では弔辞を述べる関係だった。
advertisement


MY FIRST OZAKI スペシャルDVD&ブック尾崎豊コレクション:『BEATCHILD1987』’s Spin-off (2013年刊、SHOGAKUKAN SELECT MOOK)、著者蔵

私も同じクチ、である。尾崎のデビュー時には夜討ち朝駆け取材に明け暮れ、よいリスナーではなかった私は、弟から教わった尾崎の曲を聴くうちに虜(とりこ)になった。とくに、「シェリー」。

♪シェリー みしらぬところで 人に出会ったらどうすりゃいいかい

 シェリー 俺ははぐれ者だから おまえみたいにうまく笑えやしない♪

精神科医で歌手のきたやまおさむは、著書『帰れないヨッパライたちへ 生きるための深層心理学』の中で、この詞にふれている。

「彼は世界中が自分のことについてしゃべっているようだけど、いいことばかりは言っていないなと感じたときに、恐怖を感じるような対人恐怖症的心性、あるいは被害妄想的心性を経験したのではないか」

無防備で不特定多数の人前に立つシンガーのような職業人は、人工的なナルシシストや職業的な二重人格者になる、ときたやまは分析する。

覚醒剤でやつれる尾崎を支えた妻の繁美は、著書『親愛なる遥(とお)いあなたへ 尾崎豊と分けあった日々』(1998年、東京書籍刊)で尾崎の幻覚妄想などを再現した。


妻・繁美著『親愛なる遥(とお)いあなたへ 尾崎豊と分けあった日々』(1998年、東京書籍刊)

「孤独なニューヨークの街から精神的にダメージを受けたのかもしれない。だから薬に手を出し、彼が抱えているすべての悩みから解き放たれたかったのだろう」

繁美が浮気をしたと疑って何度も殴り、鏡を見て歯磨きをする妻に「もうひとりの自分に向かって何を話していたんだ!」と怒鳴る尾崎の目は完全にすわっていた。

1988年の東京ドームコンサートの1週間ほど前、急に「キャンセルする」と言い出し、「覚醒された世界から」妻を見つめた。かと思うと2日で現実の世界に戻り、リハーサルで声を枯らした。

ところがまた前夜、「喉に悪いよ」と繁美が止めるのも聞かず、「どうせ明日はキャンセル」と冷蔵庫のキムチを平らげた。

私は今、その東京ドームライブ2枚組CDを手元のラジカセで聴きながら、この原稿を書いている。なんということだ。


キムチを食べた枯れ声で臨んだ「1988年TOKYOドーム復活ライブ2枚組CD」ワーナーミュージック

こうした尾崎の言動は精神医学的に「境界性パーソナリティ障害」(BPD)と診断されうる。
次ページ > 「境界性パーソナリティ障害」からの魂の叫び

文=小出将則

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事