青山は、東京コカ・コーラボトリング(現コカ・コーラ ボトラーズジャパン)の元取締役兼CFOである。日本のコカ・コーラビジネスで初の女性取締役として、同社のファイナンス組織の変革をリードしてきた人物だ。その手腕を買われ、2020年、NECにグローバル事業のCFOとして参画した。
「私の役割はNECを真のグローバルカンパニーにすること。その目標に、I&Dとファイナンスの両面から取り組んでいます」と取材冒頭で、青山は語った。
彼女は一見あまり関係のないように思えるCFOという立場の頃から、同社のI&Dを牽引する存在なのだ。
多様な人材が相互に認め合い、力を発揮するI&D(インクルージョン&ダイバーシティ)。日本では順番を入れ替えてD&Iと呼ぶことも多い。NECがあえてI&Dと表現する理由については後述するとして、昨今の日本企業は、その重要性を理解しつつも、実践面で先進諸国に大きな後れをとっている。
I&Dが当たり前とされるグローバル企業に身を置いてきた彼女の目に、今の日本企業、NECはどう映っているのだろうか。彼女の言葉から、NECのI&Dが目指す目的地を解き明かしたい。
私が、I&Dにパッションを注ぐ二つの理由
「なぜ、CFOという立場でI&Dを手掛けたのか」
誰もが感じるだろうこの疑問に、青山は「大規模な組織の構造改革には必ずお金も人も絡んでくるからだ」と答えた。変革を押し進めるNECにとって、CEO×CHRO×CFOのトライアングルによる連携は必須。自身がNECに招聘された理由も、I&Dに関わっている理由もそこにあると言うのだ。
NECのグローバルビジネスユニット(以下、グローバルBU)は、2018年、海外事業を束ねる形で誕生した。2020年には青山がここに参画。以後、グローバルBUのCFOとして約40社のファイナンス組織を統括する役目を担ってきた。
価値観も違えば、各国の社会情勢や文化も違う。まさに個性豊かなメンバーに、いかに伸び伸びと活躍してもらうか。青山はまず、各組織のCFOと月1回の1on1ミーティングを実施。さらにグローバルBUはどこに向かおうとしているのか、そこにどうたどり着くかを「グローバルファイナンスビジョン」としてメンバーと共に策定した。
皆のものとして掲げられたビジョンは、各メンバーが設定する目標とも連携し、若手社員にまで徹底していると言う。コロナ禍で直接会う機会はなかったが、「こんなに東京を近くに感じたのは初めて」と皆が口を揃えるほどに、グローバルBUのチーム力は強いものになった。
そんな青山が同社のI&Dを牽引するもう一つの理由。
それは「バトンを渡したいから」だと彼女は言う。子育てをしながら仕事に打ち込んでいたコカ・コーラ時代を青山は振り返る。
「子育てと仕事の両立は過酷で、どうしたらいいの?と毎日思っていました。アメリカ出張の際は、本国のマネジメント層であるワーキングマザーたちに話を聞いていたんです。皆忙しくて、朝7時からコーヒーを飲みながら話したこともありましたね(笑)」
当時、日本では管理職のワーキングマザーは希少だった。だからこそ彼女はアメリカに救いを求めたのだ。
「先輩方の言葉があったから働き続けてこられた。今度は私がそのバトンを次世代に渡していきたい。女性活躍を含めたI&Dは私のメインテーマであり、パッションなんです」と語る青山。その笑顔に強い意志を感じた。
社員には躊躇せず声を上げてもらう。疑問や意見を飲み込まない組織へ、私が先導する
グローバル企業で活躍してきた青山の目には、日本企業のI&Dはどのように映っているのだろうか。そして、I&Dを進める中で大切なことは何なのか、率直に疑問をぶつけた。
「大量生産、大量消費の時代には、阿吽の呼吸でオペレーションを回せる組織が良いとされました。その名残が文化となって染み付いている日本企業では、効率性が何よりとされ、新しい意見を持つ登場人物を、なかなか受け入れられなかったのです」
しかし時代は変化している。人口減少が進み、価値観も多様化する中でイノベーションを生むには、同調性重視からの脱却が余儀なくされている。急速に変革へと向かう中で見落としてはならないのが「I&Dの本質」だと青山は警鐘を鳴らした。
「I&Dは、ただごちゃ混ぜにすればいい、ということではないんです。大切なのは、それぞれの個性、意見、知識を持ち寄りベストなソリューションを探すこと。NECは組織としてそれを目指したいと考えています」
そのためにも社員には躊躇せず声を上げてもらう。取材前日にも、部下から上司へのフィードバックセッションを実施したと言う。
「部下からのフィードバックほど価値あるものはありません。自分がやっていることはおかしいことかもしれないのに、それを伝えてもらえないと遠回りをしてしまうから」
ハイコンテクストな世界では、行間を読めない人間を排除してしまいかねない。多様な価値観を持つ人々が集まる集団へ移行しようするNEC。そこではあえて説明する、語り掛ける、議論することが非常に大切なのだ。
「『あれ?』と疑問に思ったことを発信することが、課題解決の突破口になり、インクルージョンにもつながるのです」と青山は強調した。
タフなアサインも実行──コンフォートゾーンから踏み出すために
さてここからは、NECの具体的なI&Dへの取り組みを紹介しよう。中心となるのは、社長を委員長とするI&D推進委員会だ。もちろん青山もメンバーの1人。掲げるのはD&Iではなく「I&D(インクルージョン&ダイバーシティ)」である。
D&Iではなく、I&Dとしているのは「単に女性や外国人の社員を増やすだけでは組織は強くならないから」だと青山は言う。まずは様々な価値観、経験を持った人たちがそれぞれに力を発揮する組織であることが重要であり、その上で同時にダイバーシティにも取り組んでいくべき。これがNECの考えだ。
同社は現在、海外の現地社員の多国間での異動、本社登用を可能にする制度づくりの検討を今、急ピッチで進めている。
さらに、各種育成プログラムを充実させる中で、若い世代に挑戦機会を与える方法の一つとして「Fast Track Program(ファストトラックプログラム)」を始動。あえて早い時期にタフなアサインメントをすることで、若手を鍛えていくことが狙いだ。
「Fast Track Programに参加するメンバーには、複数業務をアサインメントし、ビジネス&リーダーシップスキル研修を実施。さらに役員へのレポート提出&フィードバックを行ない、2年目には海外案件を担当してもらう予定です」
いよいよ2023年にはFast Track Programの適用前提で採用された社員が入社する。「将来的には大抜擢人事もどんどん出てきてほしい」と、青山は今から期待を膨らませた。
「NECには、“テクノロジーで社会課題を解決したい”と真面目に考えるあまり、堅実な道を選ぼうとする傾向があります。でもこれからの社会では挑戦なくして成長はできません。だからこそ、組織も個人もそれぞれがコンフォートゾーンから踏み出す機会を、多く作り出しているのです」
力強い青山の言葉が、NECの未来を照らしていた。
NECは、もっとやれる。異質な存在を内包する、タフなチャレンジを自らに課す
2022年4月に青山が執行役員に就任するとリリースされると、彼女の元には「NECもいよいよ変わるんだね」というメッセージが多数届いたという。それらを喜ばしく受け取りつつ、青山はこのワンステップを大切に、海外人材の本社登用などにも挑戦できるようにしていきたいと意気込んでいる。
「確かに過去と比べると、NECのI&Dへの理解は深まっています。ただ本来、比較すべきは、過去の自分ではなく競争相手であるグローバル企業。もっとやれるよね、という気持ちもありますね。目指すは、日本企業がグローバルに出ていくのではなく、グローバル市場のポートフォリオの中に日本本社が存在するという状態ですから」
NECは組織内に、グローバル視点を持つ女性役員、青山を立てた。意思決定の場に異質な存在を増やし、これまでにはない発想で組織として前進を続けること。彼女の言うように「同質でないものを内包するのはタフなチャレンジ」だ。だが時間は、待ったなし。企業自らが先立ってそれを実践していることに、NECのI&Dの可能性を感じた。