医療を医療分野限定で考える時代は終わった。その範囲は拡大し、未病・予防・診断・治療・予後を含めたペイシェントジャーニー全体をフォローすることが、主流となった。その再編に不可欠なデジタルトランスフォーメーション(DX)および、未来に向けてライフサイエンス企業がとるべき道筋とは?
KPMGジャパン ライフサイ エンスセクターの専門家が答える。
アウトカム・ドリブンな医療データ活用
ペイシェントジャーニーの過程で生まれるデータを、各場面で連携・活用するためにはデジタル化が必須である。そう指摘するのは、KPMG FAS 執行役員パートナー 阿久根直智(以下、阿久根)だ。
「ヘルスケアとは、人々の健康に対する介入行為全般を指します。近年は未病も含めた予防医学的側面も含めてヘルスケアと表すようになりました。
「自社のケイパビリティのみに頼らず、 他社との連携も選択肢に」 阿久根直智
他業種同様、DX推進は喫緊の課題ですが、安全性などの規制が厳しいこともあり、国内ヘルスケア領域のDXは慎重に進んでいます」
医療現場のデジタル化は1990年代から始まっている。データ自体は蓄積されていてもおかしくないのだが......。
「問題はデータが各分野でバラバラに存在していることです。相互活用ができない状況なのです」
DXで分野をまたいでデータを活用できるようになれば、ヘルスケアは大きく変わると阿久根は考える。そのうえで、非構造データを含めた連携が加われば、まさに構造革命につながるという。
「健康診断の結果はもちろん、アルコール習慣の有無や、睡眠量、バイタル、治療によるメンタル面への影響などのライフログデータも加えることで、より精緻な医療判断も可能になるのです」
ビジネス見地からは、アウトカム(結果)をもとにした、新たな健康評価基準・価値判断も構築できるという。
「そうしたアウトカムをもとに価格を変更する、アウトカムドリブンな保険商品の可能性も考えられます」
さらに阿久根は、DTx(デジタルセラピューティクス)に対しても注目すべきだという。疾病の予防だけでなく診断・治療などの医療行為を、スマホ・アプリを通じて統合的に患者に行うシステムである。
グローバルでも、日進月歩のDXが進んでいるヘルスケア領域。そこに立脚するライフサイエンス企業は、そうした先進技術とどのように付き合うべきなのか。
ケイパビリティを補うためのM&A
M&Aアドバイザリーとして数多くの実績をあげてきた阿久根は、そうした企業のDXおよびビジネス変革を自社の力だけで行う必要はないと提言する。
「最新技術やビジネスモデルに対応するために、自社のケイパビリティのみに頼らず、他社との連携も選択肢として考えるべきです。それがケイパビリティを補うためのM&Aです」
しかし注意点もあると阿久根は続ける。
「相手先企業の徹底したデューデリジェンスは必須です。表面的に見えない課題まで精査する必要がありますが、ヘルスケア領域は特殊な分、専門知識が不可欠なのです」
さらに世界中で進歩を続けるヘルスケア領域においては、グローバルの視点も欠かせない。
「KPMGはグローバルで24万人が在籍しており、ライフサイエンス・ヘルスケアに詳しいM&Aチームを世界主要拠点に備え、情報・知識を常に吸収し続けています」
だからこそクライアントには、名だたるグローバル企業が名を連ねているのだろう。
「ヘルスケア産業の中心は薬。しかし薬のヒットはおよそ10年に1つ。ライフサイエンス企業は、薬にだけ頼ってビジネスを展開していくことはできません。M&Aを賢く活用し、必要なケイパビリティを得て進化する必要があるのです」
M&Aは成立がゴールではない
M&Aが成立したからといって安心はできない。そう断言するのは、あずさ監査法人パートナー吉野征宏(以下、吉野)だ。
「M&A 後は経営管理機能の 高度化・効率化がセットで必要」 吉野征宏
「M&Aは通常、M&A成立をもって業務終了と思われることが多いのですが、私たちとしてはむしろそこからが始まりなのです」
KPMGはトータルサポートが身上であり、チームを組んで、経営管理支援を行う。
「M&A成立後は、経営管理機能の高度化・効率化がセットで必要になります。複数事業の場合、経営管理指標をしっかりと見直す必要があります。
また、経営戦略および管理の実効性を高めるために持ち株会社を設立し、その下に事業会社を並べるケースもあります。ライフサイエンス企業の場合、薬の製造販売の認可は法人に紐づいているため、既存の事業会社を持ち株会社化するのか、新規で持ち株会社を設立するのかは非常に大きな論点です」
薬の供給が途絶えれば患者にとっては命の問題。いかにスムーズにM&Aの効果を発揮させるか、これはライフサイエンス企業にとって特に重要な論点なのだ。
国境をまたぐ税務処理の難解さ
そしてさらなる難関として、複雑な税の問題があると、KPMG税理士法人 パートナー 三浦晃裕は指摘する。国内にとどまらないM&Aでは国際的課税の観点から検討が必要となるからだ。
「BEPS 2.0は、企業の税務ガバナンスに 大きな影響を与える」三浦晃裕
「現在、OECDで検討されているBEPS2.0は、税務ガバナンスの観点など大きな影響を与える可能性があります。また、海外企業を対象としたM&Aを実施した後は、製薬サプライチェーン全体に渡って、被買収会社を含めた企業グループ内の移転価格を側面で整備することが必要です」
M&A、経営管理、移転価格という3つの側面で、ライフサイエンス企業の革新をサポートするKPMGジャパン。
「世界中のチームから情報は絶え間なく届きます。最先端の情報を常に吸収し続けているからこそ、私たちにはヘルスケアの未来の方向性に対して嗅覚があるのです」
阿久根はそう胸を張り、最後に直近の未来について次のように語った。
「ヘルスケア領域のDXを通じて、患者とのコミュニケーションが高度化し、行動変容が生まれ、革新的な診断・治療方法が広がることが理想です。今後、製薬、病院、薬局だけでなく、自治体や国保・健保、企業の人事をも巻き込んで、グローバルを舞台に、より大きく成長していくことでしょう。そうした未来でライフサイエンス企業が飛躍するために、私たちはスムーズなM&Aを中心に強力にバックアップしていきます」
阿久根直智◎モルガン・スタンレー証券、UBS証券を経て2017年にKPMG FAS入社。ライフサイエンス、テクノロジー領域を中心に、M&Aアドバイザリー業務などに従事。
三浦晃裕◎アーサーアンダーセンを経て、2002年KPMGに移籍。KPMGオランダ事務所出向後、16年にパートナー就任。国内外企業グループ再編を含む税務アドバイザリーを提供。
吉野征宏◎1998年入所、会計監査業務経験を経て、2010年現アカウンティング・アドバイザリー・サービス事業部へ異動。CFO機能の改革に係るコンサルティング業務に従事。