ビジネスで導入されるPsyopsの技
大規模な企業買収や事業出資の実績を口にする投資家は多いが、実は、米ドルでビリオン(約1000億円)規模のディールを経験した人間は意外に少ない。実績があっても、実際は大手の外部コンサルや弁護士事務所に丸投げし、本来の投資に付随するリスクやプレッシャーの洗礼をまともに受けていない人間も多い。
未上場の株式への投資を行う欧米の主要PEファンドなどでは、インハウススタッフのみでおおよその投資判断を下す場合もあり、その際には必ずと言っていいほど一度は投資行動そのものに対し懐疑的になることはよく見られる。
例えば、初めから売るつもりがないオーナー企業の「壮大な皮算用」に付き合わされているのではないかとか、あるいは第三者意見を「無料で聞き出す」ためだけに話を持ち掛けられていないかとか、いくら仲介役が信用できても疑心暗鬼になる。
ディールがビリオン級であるかどうにかかわらず、社運に関わる資本参加や買収に関して見極めが必要なとき、ファンドなどが頼みとするのがPsyopsのビジネスへの転用である。軍事学を基礎とする私も、過去にその手助けを欧米の企業に何度か頼まれ、関わったことがある。
「ブレイクスルー」をはじめとして、ビジネスで使われる多くの言葉は、軍事用語に由来しており、古くは「電子レンジ」や「インターネット」など多くの日用品が軍事技術の民間転用により生まれたことは周知の通りだ。
さらに米国やイスラエル他の目覚ましい技術発展の多くは軍事予算により下支えされていることも公の情報であり、軍事で使われる心理戦Psyopsがビジネスの最前線で密かに応用されていても決して不思議ではない。
私が過去に手掛けた大手チェーンの買収話を例にして、ビジネスにおけるPsyopsの転用について説明したい。そのチェーンは誰もが知る世界的ブランドだが、ワンマン経営で非上場のため、特に会社や株主構成、負債など関連情報が取りづらかった。
チェーンの経営ナンバー2をたまたま知る投資家の紹介で買収話がクライアントに持ち掛けられたが、事業も軌道に乗っており、経営者もまだ50代前半と若く、借金や後継ぎ問題にも特に苦慮している形跡は確認できなかった。
そんななかで、買収話を持ち掛けられた米国のPEファンドから私は連絡をもらい、投資先候補が本気で交渉する気があるのか(あるいは経営者が正気かどうか)調べて欲しいという依頼を受けた。