これは、デザインコンサルティングスタジオ、NEWh(ニュー)でビジネスデザイナーを務める堀雅彦の考えだ。彼はこの信念を胸に、大企業の新規事業・サービス開発を支援している。
総合コンサルティングファームでキャリアをスタートさせた堀は、経験を重ねる中でデジタルのスピード感やデザインシンキングのパワーと出会っていく。そして見出したのが、自らが得意とするロジック起点のアプローチに、デザイン起点のアプローチを融合させるという新しい視点だった。
その視点で、堀が見据えているものとは一体何か。探っていきたい。
上流から製造現場まで──コンサルタント時代に広げた視野
堀は社会に出る際、コンサルティング業界に絞って就職活動をしたという。
「もともと起業志向が強かったのですが、学生時代にはどの領域で起業したいか、そのためにどんなスキルが必要なのかもわからなくて。幅広くビジネスのスキルが身につく職種は何かと考え、コンサルタントの仕事を選びました」
そんな堀が選んだ就職先は、老舗の日系総合コンサルティングファームだった。経営戦略立案などの上流領域だけでなく、製造や物流領域におけるオペレーション改革の領域も経験。実際、製造現場に常駐し、泥臭く改善活動を推進するような案件も多かった。
「最上流の戦略立案ではロジックが鍛えられましたし、現場での生産改善ではリアルな人間関係に踏み込む必要がありました。両方を経験したことで、ビジネスの全体像を見ることができました」
視野を広げた堀は、次のステップとして事業者側への転職を決断する。次に選んだのは、大手IT企業だった。
「電子書籍のプラットフォーム事業でサービス開発を担当し、コンサル時代に学んだことが役立ちました。戦略立案の経験は、サービス改善時に課題をロジカルに切り分けることに生きましたし、生産現場の人と信頼関係を築いた経験は、チームでの業務に役立ちました」
マーケティングの限界、新しい武器「デザインシンキング」との出会い
大手IT企業の仕事で、堀を魅了した感覚が2つある。
「まずはスピード感。課題を見つけたら素早くアイデアを出して実行する環境でした。もう1つは、結果がすぐ見えること。コンサル時代は、顧客の反応を見ながら改善案を実行するので、効果が出るまで時間がかかったり、構想の段階で支援が途切れてしまうこともありました。でもITの仕事は大きく違って、衝撃的でしたね。
いずれもデジタルならではの利点ですが、裁量ある仕事をしたいという思いにも、ピタッとマッチしたんです」
デジタルマーケティングへの適性を感じ取った堀は、新たなステップとして博報堂系列のデジタルエージェンシー、スパイスボックスに籍を移すことを決意する。
スパイスボックスで堀は、マーケティングコンサルタントとして、データ分析を基にしたマーケティング戦略の立案や、各種デジタル施策のPDCA推進などといった業務に邁進する。しかし......
スピード感と結果の可視化に魅せられてデジタルマーケティングを標榜した堀だったが、その領域を深めるほどに、限界が見えてきたという。
「商品やサービス自体に魅力がないと、マーケティングでできることも限定されてしまうという点です。マーケティングに閉じるのではなく、商品やサービスそのものにもコミットしたいという気持ちが強くなりました」
もともと起業志向の強かった堀にとって、関心の対象が事業に移っていくのは必然だったのかもしれない。
その少し前、スパイスボックスの社内組織だったプロトタイピングラボ「WHITE」が、イノベーションデザイン企業として会社化。新製品・サービス開発の事業を模索しはじめていた。そこに可能性を見出した堀は、WHITEへと籍を移す。
WHITEで堀が出会ったのが、デザインシンキングだ。
「自分がビジネス側の出身であり、ロジックと数字で思考を組み上げていくタイプだったので、デザインシンキングによるイノベーションは新鮮でした。
ビジネス側はデータや数字、ロジックを用いて1つの解を提示し、関係者の合意を得る。一方、デザイン側は思考の発散と収斂を繰り返しながら、共感と共通認識を醸成していく。
これは優劣の問題ではなく、考え方の軸の違いなのだと。ビジネス側、デザイン側の双方にそれぞれ役割がある。2つが両輪となり、事業創出のパワーになることに気づきました。以来、ビジネスとデザインの融合が、自分にとっての重要なテーマになりました」
ビジネス+デザイン──。堀は、ビジネスデザイナーに必要な素養を磨いていくことになる。
唯一の解がない新規事業。だからこそ使える「型」をたくさん生み出す
堀が次の舞台に選んだのは、WHITEの代表だった神谷憲司によって設立されたデザインコンサルティング&スタジオNEWh。同社は、大企業の事業創出支援に特化している。
堀の肩書きは、ビジネスデザイナーだ。NEWhには、2種類のデザイナーがいる。堀が務めるビジネスデザイナーと、サービスデザイナー。両者は連携して事業創出を進めていく。
「両者が関わるフェーズは同じですが、サービスデザイナーは顧客とつねに向き合い、顧客価値・顧客体験の定義や実現を担います。
一方、ビジネスデザイナーは外部・内部環境を分析し、顧客への価値提供がビジネスとして成立するための仕組み作りと計画の定義・実現を担います。例えばビジネスモデル、収益モデル、業務フローの設計や事業戦略、事業計画の策定などですね。
当然、ぶつかる部分はありますが、両者の視点の間で最適なバランスの事業を模索できることが、NEWhの強みです」
事業創出においてUXの重要性は言うまでもない。同時に、堀の言う「ビジネス側」から収益性や持続性を強固にしていくことが、事業の実現可能性や安定性を高める効果があることは、間違いはない。
「大企業の新規事業開発の担当者には、社内に相談できる人がいなかったり、既存事業部と距離があったりと、孤独な環境で試行錯誤しているケースが多い。だからこそ、そうした人たちがイノベーションを生み出すことを、支援したいという気持ちが強く働くのです」
しかし当然、新規事業の答えは1つではない。業種や事業規模などの諸条件によって、最適解には無限のバリエーションがある。ここでも重要になるのが、ビジネスとデザインの融合だ。
「特にこだわっているのは、両者を掛け合わせることで、“ロジカルでありながらクリエーティブに発想できる”型を生み出すこと。唯一の解がないからこそ、臨機応変に使える引き出しをできるだけ多くつくっておくことが、必要だと考えています」
もともと起業志向の強かった堀は、大企業で事業創出に挑戦する顧客に、共感や仲間意識、そして尊敬の念を抱いているのかもしれない。
肝心なのは「俯瞰し、整合性を意識すること」。独自の事業開発ツールを設計
堀の仕事でもう1つ触れておきたいのが、NEWhの事業開発領域における「型化」だ。
2021年1月に創業したばかりのNEWhで、堀も創業メンバーの1人として携わっている。
NEWhではさまざまな企業の事業開発を支援してきた経験から、複数のフレームワークを創出。堀が構築した「Business Model Syntax(ビジネスモデルシンタックス)」もその1つだ。事業仮説から不確実性を削ぎ落とし、再現性を高める役割を果たす。
「事業開発の現場では、考えるべきことが大量にあり、スピード感も求められるため、どうしても担当者の視座が低くなりがちです。結果、例えば顧客のことばかり考えてしまい、優位性や実現性の視点が抜け落ちてしまうという事態も珍しくありません。
ビジネスの設計時に重視すべきは、整合性です。戦略と提供価値がフィットしているか。アイデアが事業として成立する構造か。事業の収益や成長といった持続的なサイクルを描けているか。
従来のフレームワークは、ビジネスモデルを考える際の抜け漏れチェックや要素出しには使えますが、各要素の整合性を意識しながら使いこなすことは、難易度が高いと考えています。
そこでNEWhのBusiness Model Syntaxでは、コンセプトや優位性など、ビジネスを構成する各要素のつながりをチェックできるよう、空欄を埋めて文章化できる設計となっています」
NEWhが独自に考案したBusiness Model Syntax(ビジネスモデルシンタックス)
「文章は構成要素が揃っていなければつながらないので、欠けている要素が分かりやすい。また、ビジネスモデルを文章という形でストーリー化できていれば、関係者がイメージしやすい。大企業の事業創出には多くの人が関わるので、共通認識を持つという点でも有効です」
最後に、これから挑戦したいことを堀に問うと、「企業内事業開発という領域を科学し、それによって新しい価値を1つでも多く世の中に出していくこと」という答えが返ってきた。
「大企業の事業開発で、大成功といえる事例はまだそう多くありません。背景には、大企業ゆえの意思決定の複雑さや関係者の多さなど、スタートアップとは全く違う難しさがあります。
さらに事業開発には唯一の正解がありません。その過程や課題の解決法に関する情報はあまり世に出ておらず、ブラックボックス化しているのです。
だからこそ企業内事業開発を科学し、関係者が共通認識を持って事業の構想や実現を進めていける型を生み出していくことが、必要だと考えています」
NEWhのミッションは、イノベーションが生まれる世界をつくること。堀もそのミッションを共有している。そんな世界が実現するとき、彼が構築した無数の“型”が、イノベーティブな新規事業を、数多く生み出しているのかもしれない。