欧州の経済も悪化するが、その規模はロシアには及ばない。欧州各国はまず、防衛費を増強するだろう。だが軍事支出が増えても欧州の生産能力は並行して増えないため、経済成長が鈍化し、欧州市民の生活水準は下がる。その影響は小さいが確実なものとなる。
さらに欧州市民の大半にとって、エネルギー支出が増える。これは欧州が脱炭素化路線を捨てれば緩和できるが、その見込みは薄い。欧州がエネルギー供給元の脱ロシア化を試みるのは確実で、それによりコストは上昇する。
欧州はまた、域内や周辺地域に流入するウクライナ難民に対する人道的懸念から、難民関連費の一部を負担することになる。ただ、予算全体と比べれば負担は比較的小さいだろう。さらに、ウクライナ難民が避難先の国にとどまり、労働力に加わるという「ボーナス」もあるかもしれない。
米国やその他の国の経済も、原油価格の高騰などにより、若干の打撃を受けるだろう。停戦が合意されれば原油価格は今ほどの極端な高騰ぶりはみせないだろうが、それでもロシアの原油生産量の減少が長期的に続くことで、コストが高い場所で生産された原油への切り替えが進む。
また、サプライチェーンを短縮する企業が増えることで、世界経済はわずかに悪化する。複雑な世界のサプライチェーンは、うまく機能している場合には生産費を減少させるが、多国籍企業は過去に、日本の東日本大震災の津波被害やタイの洪水被害を通じ、サプライチェーンのもろさを学んでいる。
さらに新型コロナウイルスの流行により、サプライチェーンは手に負えないほどこじれてしまった。そして私たちは今回の危機により、製造大国ではないロシアとウクライナでさえも、他国の企業に欠かせない部品を作っていることを学んだ。国内供給に切り替えても劇的な変化は見込めないが、国内外の商品のコストにそれほど差がないと感じた企業は、地元での調達を選ぶだろう。
ウクライナ侵攻はロシア、欧州、世界に悪影響をもたらす。しかし、認知心理学者のスティーブン・ピンカーが『暴力の人類史』で指摘したように、世界はより平和な時代に向かいつつあることを覚えておかなければならない。ウクライナの戦争が障壁を生むことは間違いないが、プーチンのウクライナ侵攻がロシアに与える厳しい影響は、他国の指導者に隣国への侵攻を思い止まらせるだろう。