ジェフ・クーンズがデザインした2台のアート・カーが、いずれもスピード感を表現している点は同じだが、2台を見比べたときに受ける印象は大きく異なる。
「今回のモデルでは、速さだけでなく躍動感の表現がテーマになっていて、アメコミを彷彿させるようなポップなデザインにあふれているのはそのためです。パワー、スピード、このクルマの存在理由といったすべてが、色やテクスチャーなどのグラフィカルな表現そのものに埋め込まれています」
たしかに、車体のサイドにある旋風の絵は、コミックのキャラクターが高速で駆けぬけていく様子を描写するときのそれだ。さらに車体後部へ目を移すと、リアビュー部分に色彩が爆発したようなモチーフもある。
「これは2010年のモデルのオマージュとして描かれたそうです。私は10年のモデルを覚えていたので、この最新モデルを見たときには、また随分ポップなデザインだなと思いました。ですが、そのポップさもエキセントリックというか、アグレッシブなチャレンジに満ちているというか、非常に新しく感じられました」
この塗装はジェフ・クーンズの工房にいる50人以上のチームが200時間以上かけて、すべて手作業で塗装をして仕上げたという。そこには伝統工芸にも通じるような、マニファクチャの意味を感じる。ポップでコンピューターのような印象を受ける一方で、人が時間をかけて手で仕上げていく、そういったコントラストも非常に面白い。
BMWアート・カー 47年にもわたる歴史
歴史に名を残す伝統的なクルマと、世界的に著名なアーティストたちとのコラボレーションによって生み出されてきた歴代のBMWアート・カーは、最新モデル「THE 8 X JEFF KOONS」を含めて20台ものモデルが存在する。遠藤が「BMWの比類なきプロダクト」と表現するBMWアート・カーだが、その始まりは1975年にさかのぼる。
「フランスのレーシング・ドライバー、エルヴェ・プーランは『BMW 3.0 CSL』というレーシング・マシンを持っていました。プーランはアートに造詣が深かったので、そのクルマとアートで何かコラボレーションできないか、と考えたのです。そこで当時のBMWモータースポーツ部門をつくったヨッヘン・ニーアパッシュと共同で企画したのが始まりです」
記念すべきBMWアート・カーの第1号となる「BMW 3.0 CSL」をデザインしたのは、空気で揺れ動く彫刻「モビール」で有名なアメリカ人彫刻家のアレクサンダー・カルダーだ。プーランは、ル・マン24時間レースで実際にこのアート・カーを運転しており、その後に製作されるアート・カー・シリーズの中にも、ル・マンに出場したモデルが少なからずある。
もともとはモータースポーツから出発したBMWアート・カーだが、そのモデルはレーシング・マシンに限ったものではない。75年から現在に至るまで、時代ごとのさまざまなモータースポーツのモデルはもちろん、展示用に製作された希少なモデル、量産モデルをベースにしたものなど、多種多様なクルマが個性豊かなアーティストたちとのコラボレーションによって、芸術作品として昇華されてきたのだ。
「BMWアート・カーには、いままでに19人のアーティストの方とコラボレーションしてきた歴史があります。恐らくもっとも有名なのは、79年に製作されたアンディ・ウォーホルのモデル『BMW M1』でしょう」