理由は、「現時点ではすべての選手やスタッフのケアを最優先として今大会に注力することが必要だという認識」「いますぐこのルールに対して我々が抗議するということではない」(日本選手団の伊東秀仁団長)と説明されている。しかし、おかしなことにはきちんと抗議することこそが、選手のケアになったはずだ。
1人の失格はその人の問題かもしれない、しかし5人の同時失格は、計測システム(を主導した者)の問題だ。これは高梨問題・日本問題ではなく、国際スキー連盟の問題だ。団体選手の「人生を変えてしまった」(高梨の言葉)は、高梨ではなく、おかしな計測システムだ。結果は変わらなかったにしても、ほかの3カ国と連携して抗議しておくことが、次につながったはずだ。
声を上げなければ、ルールづくりも、ルール適用でも、無視され続けるだけだ。国際交渉では声を上げないものは交渉のテーブルにも招待されない。
アジア通貨危機が国際金融の考え方の流れを変えたように、ジャンプの規定のあり方、透明性を、ここで変えないといけない。そうしないと「人生をかけている」選手たちがかわいそうだ。
日本は、国際的に決まったルールを絶対だと受け入れてしまう傾向がある。銀行監督や国際金融もかつては決まったことを受け入れるだけだった。いまは、金融の世界では英語で丁々発止交渉できる人が育ってきた。スポーツでも同じだ。ルールづくりに参加することはもちろん、合理的な思考で論理立てて、自分の主張を行うことが重要になる。今回の事例は、禍根を残した。
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学客員教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002-14年東京大学教授。近著 に『Managing Currency Risk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2nd Edition、共著)。