経営とは常に、結果論をはらむものです。仮にアマゾンが赤字続きで停滞していれば、市場やメディアは完膚なきまでにベゾスを批判していたでしょう。しかし、ベゾスはECの世界で自ら描いた構想をかたちにし、それで世界を変えてしまった。
なぜ、ベゾスはここまで長期思考にこだわることができるのでしょうか。
ひとつは、卓抜した未来構想力にあります。将来起きる世界がどのようなものになるか、ベゾスはありありと再現できる。だから、自信をもってそこに突き進むことができるのです。「私たちは、未来に働いている。未来に生きている」という言葉もありました。97年の手紙にはすでに、インターネットによって、われわれの生活がどう変わっていくのか、そのためにアマゾンが何をするのかが、具体的に記載されています。その姿勢は、冒頭に紹介した宇宙開発にも言えるでしょう。
世界の大物経営者が一堂に会するサンバレー会議にも参加。2018年、フィアット・クライスラー・オートモービルズの会長を務めるジョン・エルカンと。
もうひとつベゾスが長期思考を実践できる理由は、彼自身が「変わらないことは何か」という点を正しく理解しているからです。
一般に、企業が成長を指向するとき、変化を優先します。すなわち、時代のニーズを拾い、それに適応しながらビジネスを変えていくことに、資源を集中しがちになります。一方、ベゾスは、変化と同じくらい、「何を変えないか」についてもこだわっています。
例えば、この先10年たっても、ECで変わらないのは何か? 低価格が支持されるのは間違いないし、配達も早いほうがいいに決まっている。品揃えも多いほうがいいはずです。「これらのことに心血を注げば、これからも見返りがある」とベゾスは語っています。
やること、やらないことの明確な判断基準を自らにもっている。だからこそ、短期の誘惑に惑わされない。正しいことを続ければ、決して道を外すことはないのです。
その意味では、ベゾスが毎年株主に書いている手紙の本質とは、彼自身の経営哲学である決意表明そのものなのです。
「アマゾンのやり方が唯一の正しいやり方だとは決して言わない。ただ私たちには私たちのやり方があるというだけだ」
ベゾス自身がこう断っている通り、自分の考えが正しいかどうかは評価できません。それでも自分はそれを信じて、とことん経営していく(だから、理解できない人は株主にならなくてもよい、というメッセージも込められていると思います)。経営者としての自分を信じ切ることができなければ、長期思考を貫くことはできないとも言えるでしょう。
もちろん、すべての決断が正解だったわけではありません。満を持して開発した「Fire Phone(ファイアフォン)」の失敗など、華々しい成功と同じくらいの挫折も経験してきています。ここからベゾスが学んだのは、意思決定の方法です。ベゾスは意思決定には「後戻りできるか、できないか」という2タイプがあると指摘しています。多くの意思決定は、決断後にやり直すことができますが、なかには絶対に後戻りできないものがあります。