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2022.03.31

医療業界は、特別な職場ではない──元ゼクシィ編集長が訪問看護の世界にもたらす、新しい風

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医療業界で働くことを、どこか特別に感じてしまうのはなぜなのだろうか。

「社会に生きる人々のより良い人生をつくるという目的においては、医療業界と他の業界の間に大きな違いはないはず」

そんな軽やかな思考で、異業界から医療業界へと転身した人がいる。訪問看護や訪問リハビリテーションなどの在宅療養に特化したサービスを展開するソフィアメディCEO、伊藤綾だ。

新卒で入社した出版社を1年で寿退社した伊藤は、27歳の時に契約社員としてリクルートに入社した。生活者目線の企画が評価され、2011年にはゼクシィの統括編集長に就任。ダイバーシティ推進部部長やサステナビリティ推進室室長などを歴任した後、2019年にソフィアメディ(CUCグループ)に入社し、2022年2月に同社CEOとなった。

訪問看護の世界へとフィールドを移したことについて、「そんなに思い切って転職したわけではないんです」と話す。伊藤の言葉の裏側には、医療業界の社会的意義を深く認識しつつも、その存在を決して特別視することのない、彼女独自の世界観があった。


父の最期を看取った日に気付いた──人生の「選択肢」を用意する意味



ゼクシィ編集長時代の伊藤は、ある悩みを抱えていた。

ゼクシィのCMは、今のままで良いのだろうか。花嫁の幸せそうな姿を切り取った映像は、結婚の本質を伝えきれているのだろうか──?

2011年に放送された樹木希林氏と内田裕也氏が夫婦共演したCMは、そんな伊藤の問いから生まれた作品だ。「もしかしたら人は結婚して何年経っても、夫婦になる途中なのかもしれない」というメッセージが込められた短い映像は、ゼクシィの結婚に対する向き合い方が一面的ではないことを、視聴者に深く印象付けた。

この仕事を境に、伊藤は自分が携わる事業の持つべき“問い”について、考えを巡らせるようになったという。

リクルート本社に異動し、グループ全体のダイバーシティやサステナビリティの推進に携わるようになってからは「持続可能な社会を創るために、企業は何をするべきか?」とひたすら考えた。

伊藤が出した答えは「一人ひとりの選択肢をできる限り創出すること」だった。

「どの企業も『あなたの幸せは、これです』とは決められません。でも、選択肢を用意する努力はきっとできる。自分らしい生き方を自分で選択できる社会に近づけることが、私にとっては何より大切だと考えるようになりました」

その想いは、伊藤の個人的な体験をきっかけに、彼女自身のキャリアの軸へと変わっていく。

「重い糖尿病を患っていた父を、自宅で看取ったんです。両親は自分たちの意思で『最後まで自宅で過ごす』という判断をしました。闘病は大変で、とても綺麗事で語れるものではありませんでしたが、そこには『自分の人生を自分で選択できた』という一つの体験があったのです」

人生の最期を迎える人に、「在宅」という選択肢をつくる。

ソフィアメディと出合い、そんな仕事の存在を知った伊藤は、「生き方の選択肢を増やす」という目標に医療業界で挑戦する道を選んだのだった。

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「情報公開」を皮切りに、リクルートで培った「カスタマー目線」で改革を


伊藤の父親のように、高齢者が自宅で最期の瞬間を迎えられるケースはまだ少ない。背景にあるのは、訪問看護の担い手不足の問題だ。

訪問看護業界での勤務を希望するのは、病院で経験を積んだ人である場合が多いが、そのような医療従事者の数は潤沢ではない。しかも訪問看護はまだメジャーな働き方ではなく、転職先の選択肢にも挙がらない人が多いという。

こうした状況を改善するためには、訪問看護業界でスタッフが、働きがいを長く持って働き続けられる環境づくりが大切だと、伊藤は考えている。その上でキーとなるのは、ソフィアメディの理念(ミッション)にある「『生きる』を看る」という言葉だ。

「『生きる』を看る、とは、患者さんの病気だけを看るのではなく、その人がどのように生きるのかを看るということ。患者さんとの対話を通じて『この方は何を大事にしているのか?どんな風に生きていきたいのか?』と深く受け止めながら接するのです」

例えば、リハビリ患者の中には「自分の体を動かせるようになったら、亡くなった妻にお線香をあげたい」と考えている人がいるかもしれない。

ソフィアメディのスタッフは、そうした個人的な幸福を知った上でケアを行ない、患者が「自分らしい人生を送れた」と感じる体験を積み重ねてもらうのだという。患者個人の意思を尊重したケアがしたいスタッフにとっては、この上ないやりがいを感じられる職場だろう。

「ただ、このようなパーパスを大切にした経営は珍しくはないと思います」と伊藤。

重要なのは、ミッションをどのぐらい実行できたのかを検証しながら推進すること。そう考え、「『生きる』を看る」と感じられた体験を「ソフィアメディエクスペリエンス」と名づけ、実現度合いを定量的に測る数値指標を導入した。

今後は患者への満足度調査や医療職の技術レベルなどを用いて測定し、その結果を社内外に公表し改善していくのだという。透明性の向上が強く求められる医療業界においては先進的な取り組みと言っていい。

さらに、チームと共にこんな施策も仕掛けた。「ソフィアメディエクスペリエンス」を生み出すために必要な制度などを策定した価値創造モデル「『生きる』を看る。ぐるぐるモデル」を作成した。単に成果を測るだけではなく、成果を生み出すプロセスを作ることによって、今後もずっと「ソフィアメディエクスペリエンス」が生まれ続ける土台を築こうとしている。

こうした仕事は、2021年2月に初めて発行されたアニュアルレポートに反映されている。活かされているのは、ゼクシィ編集部で培ったカスタマー目線、そしてリクルート本社でサステナブル経営などの推進に携わった経験だ。

異業界から来た伊藤の存在は、間違いなく医療業界に新しい風を吹かせている。

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「業界の違いとは、同じ山を登る道の違いに過ぎない」


「医療業界は、決して特別な業界ではない」

伊藤は取材中、その言葉を何度も繰り返した。

「医療業界だから社会に貢献している、という考え方はしたくないと思っています。どの業界も社会課題の解決に貢献しようと必死に努力している点では同じだからです」

それを強く意識するようになったのは、リクルート本社で自社の価値創造モデルを設計していた時だった。

「私にとって業界の違いとは、目指す社会に向かって大きな山を登る時に、どの道から登っていくかの違いに過ぎません。メディアであろうと医療であろうと、向かう場所は私にとっては同じ。だからこそ私のような異業界の出身者でも、事業を通じて価値を生み出す経験をしてきた人ならば、医療業界で貢献できることはあると思うのです」

もちろん、業界が変われば文化は違う。新しく勉強しないといけないことも山ほどある。伊藤自身も、前職で使ってきた言葉がうまく伝わらずに、失敗してしまった経験が何度もあるという。

でもそれは、医療業界でチャレンジする理由を諦めるにはあまりに小さなこと。異業界出身だからこそ役に立てる場面がたくさんあることを、伊藤は自らの仕事で証明してきた。

そして、リクルートでもソフィアメディでも、仕事の本質は変わらない。伊藤が常に目指しているのは、生き方の選択肢がある社会なのだ。「思い切って医療業界に転職したわけではない」と言った伊藤の気持ちが、今なら理解できる。

ソフィアメディにジョインして3年を過ごした伊藤は、一人ひとりが「自分の人生を選択できた」と思える社会をつくることは、持続可能な社会の形成にもつながると信じている。

「訪問看護には高齢者の家の扉を開け、人と地域とをつなぐ役割もあります。超高齢化社会に先陣を切って突入していく日本は、持続可能型社会の一つのモデルになれる可能性がある。日本だけでなく、世界のロールモデルを作る責任を持ってこの事業に取り組んでいきたいと思っています」

本人は気付いているのだろうか。伊藤の仕事によって生き方の選択肢が広がっているのは、患者だけではない。

多くの人が簡単には越えられないと思っていた業界の壁を、軽々と越えて活躍するその姿は、「異業界から医療業界へ」というチャレンジを望む人たちにも、新しい人生の選択肢をもたらしている。

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