しかし、筆者は、そうした現実も、状況も理解したうえで、なお、若手世代には、マネジメントの道を歩むことを勧めたい。
その理由を、三つ述べておこう。
第一は、「人間として成長できる」からである。
実際、マネジメントの立場になると、部下として預かるメンバーの気持ちを細やかに察する力が求められる。また、言葉一つでも、相手の気持ちを深く考えて語ることが求められる。それは、たしかに苦労の多い営みであるが、それゆえに、マネジメントの道を歩む人間は、精神的に成長し、「人間関係力」や「人間力」が身についていく。
第二は、「生涯を通じて活躍できる」からである。
現代は「人生百年時代」と言われるように、一つの職場で定年を迎えても、第二の職場、第三の職場での人生が待っている。しかし、新たな職場に転じた年配の人間に求められるのは、最新の知識や表層的スキルではない。真に求められるのは、その年齢になるまでにマネジメントの道を歩んで培った、成熟した人間関係力や人間力である。
第三は、「淘汰の嵐を超えていける」からである。
これからの時代は、第四次産業革命が急速に進展し、職場の隅々にAIが導入されていく。その結果、専門知識と論理思考だけで仕事をしている人材は、いかに高学歴であっても、確実にAIに淘汰されていく。その人材淘汰の嵐の時代を超え、活躍するのは、多くの識者が述べるように、「クリエイティビティ」「ホスピタリティ」「マネジメント」のいずれかの能力を高度に身につけた人材である。
その未来を見据えるならば、いま、若い世代は、進んでマネジメントの道を歩むべきであろう。その歩みのなかで身につけた「人間力」は、これからの人生百年時代、第四次産業革命時代においても、人生を拓いていく大きな力となるからである。
昔から日本では「仕事を通じて己を磨く」という言葉が語られてきた。「人間成長とは、仕事の最高の報酬である」との思想も語られてきた。
しかし、若い世代にとって「時代遅れ」と思われてきた、こうした価値観が、時代の新たな変革の中で、実は、これから、最も優れた「キャリア戦略」になっていくのである。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Agenda Council元メンバー。全国7200名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は『運気を磨く』『直観を磨く』『知性を磨く』など90冊余。