私がアメリカの議会で働いていた頃、よく同僚から「彼は『ゴースト』だから、どんな情報発信をするかウォッチしておけ」と言われた。「ゴースト」とは、特に安全保障系の機密を、政府機関から民間に転職した後も引き続き扱える、言わば「権利許可(セキュリティクリアランス)」を保持したままの人たちのことを指す符牒だ。
彼らは、ブロガーやハッカーの類ではない。民間企業でコンサルとして勤務していたり、著名な財団で研究員をしていたり、はたまたセミリタイアしていて時折仕事を請け負うフリーライターのようなことをしている者もいる。共通しているのは高度な機密情報を扱えて口が堅いのはもちろんだが、みな文章を書くのが巧みで、物事を伝達して、反響を聞き出すことに長けているということだ。
当時、私は北朝鮮の情勢把握を担当していたが、確かにアメリカの片田舎にいる無名の人間が、時々、北朝鮮指導部の変化について鋭いポイントを突く記事を、その土地のマイナー紙などで発信していたのに驚かされたことがある。
「ゴースト」の存在すら知らない日本の識者
秘密は秘密のままである限り、力や効果を発揮しない。秘密は戦略的にリークされるからこそ影響力を持つ。
この真理を国家として会得し、体系化したのがアメリカだ。そして、その政府が発信したい機密情報を、在野にいながらにして公へ拡散、反応を収集する役割を担うのが「ゴースト」だ。「ゴースト」たちは今回のウクライナ侵攻でも活発に動いていた。
ロシアによるウクライナ侵攻に関して、アメリカは当初から物理的に参戦しないことを決めており、これは何ら秘密ではなく、バイデン大統領やサリバン安全保障担当補佐官、ブリンケン国務長官も公式に発言している。
ただ、その代わりに取る戦略として、過去の歴史に類を見ないような、政府が最重要機密としていたはずのロシア軍侵攻の動きを、政府高官のみならず「ゴースト」も動員して、逐次「白日の下に晒す」こととした。
例えばウクライナ国境沿いに集結する兵力の数が最終的に17万規模にのぼりそうだといった情報は、「侵攻は本気だ、気合が入っている」とアメリカは伝えたかったわけではなく、言わずもがなウクライナ域内のどこまで広く深くロシアが侵攻を企図しているかを把握していることを知らしめたかったのだ。
これにより当初、2つの親ロ独立派共和国が位置するドンバス地方に主な侵攻の照準を絞り込むふりをしていたロシアの嘘が暴かれ、最高機密であるさらに大がかりな戦争を計画していること(ベラルーシ及び黒海・南部を介したさらなる侵攻ルートの可能性、はたまた首都キエフも攻撃対象に含まれるなど)も早くからまるで速報のように世界中へバラ撒かれた。