中武氏が「イスルン」で出すのも、最先端を突き詰めた料理ではなく、楽しむ相手の姿を思い浮かべた料理だ。
「『究極の万人受け料理』と自分で呼んでいます。みんなに楽しんでほしいと思うから、あまりにも個性的な尖った味のものは作らない。イスルンは数万円かけて食事に来てもらうわけですから、好みではないものが出てきたり、斬新すぎて楽しめない、ということをなくしたい」
ここで中武氏が生み出したいと考えているのが、笑顔を引き出す、チャーミングな料理。「例えば、アケラレのペドロ・スビハナシェフは、フォアグラの料理のサービスの際に『塩と胡椒をかけすぎちゃう』んです」。でも、種明かしをすれば、実は砂糖を塩に見立て、胡椒も実はワインを煮詰めた球体。それも、お客様に少しでも笑顔になってほしい、という思いからだという。
「食事中に笑うって品のないことだと思っていたけれど、そうではないのだな、と。バスクでは、食事に集中しつつ、合間に笑顔がある。そういう食が素敵だなと思うのです」
もし生まれ変わって別の職業になるとしたら、人を癒す究極の職業である「医者になりたい」という中武氏。
このイスルンだけでなく、サンセバスチャン市と提携してできたバル街「サンセバスチャン通り」でも、様々な仕掛けを考案中だ。
提供:VISON
VISONは4月には第1期オープンから1周年を迎える。秋には深谷氏が創設した世界料理学会の招致も予定するなど、中武氏は、日本人が忘れかけている「豊かな食の形」を、この美しい村から提案してゆこうと動いている。