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2022.03.20 12:15

サンセバスチャンで学んだシェフが「究極の万人受け料理」を目指す理由


イスルンとは、中武氏が深く愛する、古のバスクの地名だ。暮らしている中で、バスク人は、「人情味があって、ちょっとシャイで、約束は必ず守る、そして家族をとても大切にしているところ」など、昔の日本人の精神性に近いものを感じたという。

しかし、ある一点において、決定的に異なっていた。それは、「自分の故郷の捉え方」だ。

「日本だと、謙遜もあるのか、『故郷には何もない』という人も少なくない。ところがバスクの人たちは、こんなに美しい自然がある、近所の人が育てている鶏が美味しい、など、地元のことをとても誇りに思っているのです。このVISONで、そんな誇りを持てる地域づくりを行なっていきたい」


左)中武亮シェフ、右)ソムリエの菊池貴之氏

また、師である深谷氏からも、バスクの人たちの精神性の根本となる、大切なことを学んだという。

「深谷シェフは、考え方のてっぺんに資本主義やお金があるのではなくて、『地域社会や食の未来のためにどんなことができるか』を一番に優先します。バル街も世界料理学会 in Hakodateも、その活動でお金をもうけるのではなく、むしろ私財をなげうって行っているイベントで、とても尊敬しています」

そんな姿勢が、バスク人と重なって見えるという。その根本にあるのは“豊かさ”に対する考え方であり、今では中武の基盤にもなっているという。

「自分が訪問した当時のスペインの経済状況は、決してよくありませんでした。でも、そんな状況とは思えない、豊かさがありました。サンセバスチャンを歩いていると、見知らぬ店のシェフから『ちょうど新しい料理ができたんだ、食べていけ』と声をかけられて、お金も取らずに、こっちが食べるのを見て、とても嬉しそうにしている。お金もうけよりも、いいものを伝えたい、という思いが強い」

個性よりも万人受けを目指す理由


折りに触れて思い出すのは、アケラレで働きながら、シエスタの時間にサーフィンをしに行き、帰りに自転車で店までの坂を上がっていた時のことだ。

後ろからくるバスにクラクションを鳴らされ「邪魔だ!」という意味かなと振り返ると、すれ違いざまに運転手が窓を開けて「頑張れよ!」と声をかけてくる。金銭的な豊かさを追求するために、何かに追われ続ける人生ではなく、人生の今の瞬間をいかに豊かに過ごすかに重点が置かれている。

「ここVISONで、そんな心豊かな生き方を実現したい」と中武氏は言う。

「それが未来の豊かさなのではないかと思います。文化や、人間としての共感力が、商業主義に押しのけられてはいけない。自然やエネルギーに関しても同じ考えです。深谷シェフは、サステナブルなんて言葉のない時代から、ずっとそう言っていました」
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文・写真=仲山今日子

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