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2022.03.22 16:00

日本発のスタートアップが途上国の社会課題を解決する。JICAとIDB Labが語る「社会的意義」と「市場潜在性」

Getty Images

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昨今の気候変動やCOVID-19のパンデミックなど地球規模での課題の深刻化は、途上国において経済格差や脆弱な保険医療体制など大小様々な課題を顕在化させた。

その解決に、日本のスタートアップが挑もうとしている。彼らの熱意や独自の技術・アイデアによるイノベーションがいかに途上国の社会課題解決に貢献するのか。海外へと事業戦略のフィールドを広げるスタートアップと、彼らをサポートするJICAと米州開発銀行(Inter-American Development Bank:IDB、本部は米国ワシントンDC)グループのイノベーション・ラボであるIDB Labの取り組みを追う。



開発分野におけるスタートアップへの期待


「社会問題が多様化する中、従来の対政府支援のみならず、民間を巻き込んだ新しい解決方法を模索する時期に来ている」

と、JICAの井本佐智子理事は言う。JICAは「人間の安全保障と質の高い成長」をミッションに掲げ、日本のODA実施機関として、第一線で途上国への国際協力を行ってきた。しかし、時代の変化と共により高い効果を迅速に生み出す新たな力が必要となっている。そこで注目したのがスタートアップだった。

「アイデアをどんどん試すチャンレンジ精神、身軽さとスピード感、そして現場で想定外のことが起きた時のアジャスト力。そういった大企業にはないものを持っていると思う」(井本)。

そう考えるJICAに、IDB Labの竹内登志崇次長が、中南米・カリブ地域での開発事業に取り組む日本のスタートアップの発掘と支援を目的としたプロジェクトを持ちかけた。IDB Labは、国際開発金融機関の中では、ファイナンシング、ナレッジ、コネクションを使い、民間主導のイノベーション支援に特化する唯一の組織であり、経済社会開発効果の飛躍的な向上や新たな雇用創出などの観点からスタートアップはIDB Labにとっても重要な共創のパートナーである。

「2021年の中南米・カリブ地域におけるVC投資額は総額で195億ドル、前年比の3倍以上。先進国のみならず途上国においてもイノベーションの波が押し寄せている。イノベーションを生み出す主役はスタートアップ。日本のスタートアップが成長性の高い途上国で社会変革を生み出すビジネスに挑戦する機運は高まっている」(竹内)。

昨年、JICAとIDB Labの共催で、中南米・カリブ地域でSDGsに貢献するアイデアやビジネスモデルを持つ、国内のイノベーティブなソリューションホルダーに向けた支援プログラム「TSUBASA(Transformational Start Ups’ Business Acceleration for the SDGs Agenda)」がスタートした。プログラムの一環として実施された公募型のビジネスピッチコンテストである「オープンイノベーションチャレンジTSUBASA2021」では、23社からの応募があり、8社が採択された。採択企業は、JICAとIDB Labが培ってきたノウハウやネットワークを駆使したサポートを受けながら、アイデアをブラッシュアップさせ、現地での社会インパクト創出・事業展開に向けたロードマップを描き、現地企業やNGO、VCファンド、投資ファンドとの関係を構築するなど、既にスタートを切って加速中だ。


写真左よりJICA井本佐智子理事、IDB Lab竹内登志崇次長

中南米・カリブ地域という高ポテンシャル市場


中南米・カリブ地域では、日本とは様相の異なる様々な社会課題が存在している。その社会課題が、社会変革を追い求めるスタートアップにとっては魅力的な市場として映っている。

「森林領域での事業展開を進める自社としては、森林の消失が課題となっている中南米地域・東南アジア地域が主なターゲットだ。特に、ブラジルでは年間100万haほどの森林が消滅している。まさにこの事業を導入する意義がある市場であり、ソリューションへの反応も大きい」

今回、TSUBASA2021で採択された8社のうちの1社、2021年に創業した株式会社sustainacraftの代表取締役CEO末次浩詩も中南米・カリブ市場に魅力を感じている。カーボンニュートラルに向けて、森林が持つCO2の吸収効果に着目し、リモートセンシング技術を使った森林のバイオマス量の測定や、カーボンクレジットのプラットフォームに関連する事業を展開しようとしている。


sustainacraftは、カーボンクレジットプロジェクトの情報や、森林バイオマス量の可視化に挑む

今回、同じくTSUBASA2021で採択された、2017年創業の株式会社Singular Perturbationsは、代表取締役CEOの梶田真実が掲げた「世界の悲しい経験を減らす」ことをミッションに、アルゴリズムを用いて高精度に犯罪の発生予測をし、被害を減らす事業をウルグアイで展開しようとしている。代表の梶田にとって、中南米・カリブ地域は、是非とも技術提供したい場所だった。


Singular Perturbations Inc.による犯罪発生予測サービス(写真はイメージ)

スタートアップにとって、なぜ、今、中南米・カリブ地域なのか。第一の理由は、この地域の市場規模だと井本も竹内も口を揃えて言う。中南米の人口は6億以上。言語的にも文化的にも共通性が高く、一カ国という単位ではなく地域全体を展開の視野に入れることができる。

第二に、200万人をこえる日系人がおり、彼らの貢献もあり日本への信頼感が高く、親日的な国が多い。現地パートナーを探してビジネス展開を考える上で、ベースに信頼関係があるのは大きな特権だ。

第三に、現地の人たちの能力の高さだ。パートナーとして新たなアイデアやソリューションを共創できる人材が豊富な国が多い。

これらの要素を考えれば、市場として将来的スケールアップのポテンシャルが高いことは明らかだ。

スタートアップにとってのTSUBASAの魅力


中南米・カリブ地域がスタートアップにとって魅力的な市場であることはわかった。しかし、日本とは言語も文化も異なり、かつ、コネクションもない地域で事業を展開するという決断を下すことは難しい。いくつものハードルが想定され、当然、高いリスクも伴う。

TSUBASAではスタートアップがこれらのハードルを乗り越えることを支援する。

「IDB Labからウルグアイで同じような開発課題に取り組む現地スタートアップをご紹介いただき、相乗効果があると意気投合した。現在は、事業実証のためのアイデアを共創している段階」(梶田)。


Singular Perturbations Inc. CEOの梶田真実

縁もゆかりもない土地に単身乗り込み、ゼロから基盤を作り上げるまでの最も困難なプロセスでJICAやIDB Labのサポートがあるということは、大きなアドバンテージだ。

「現地パートナー探しという一番困難な部分で伴走し、その後のプログラムに向けての展開をサポートして頂けたことは本当にありがたかった」(梶田)。

sustainacraftの末次もサポート力の大きさに言及する。

「自分達のようなほぼ何のプレゼンスもない会社は、普通は現地で相手にされない。しかし、JICAやIDB Labのような、長年培った経験とネットワーク、信用力がある方々の支援を受けていることで、スムーズに面談まで行くことができた。また、JICAの現地に詳しい担当者をつけていただいたことで情報収集や現地とのコミュニケーションが進み、スピード感を持って動くことができた」


Sustainacraft CEOの末次浩詩

JICAとIDB Labが持つ知見、情報、ネットワーク、信用力、ファイナンスツール等の強みとスタートアップのイノベーションが結実することによって、新たな価値が生まれようとしている。

「自分達の持てる力を活かせる場を探し当てていく。そんな動きが生まれ、繋がっていくことで大きなポジティブな変化になる。その変化を起こしていきたい」(井本)。

また、大きなハードルが存在する中で、IDB Labが特にアーリーステージのスタートアップに注力する意義について竹内はこう語る。

「アーリーステージのイノベーションにリスクはつきもの。IDB Labはイノベーション・ラボとして、その高いリスクを織り込みつつ、イノベーションによる潜在的な開発インパクトの創出や将来的なスケールアップの可能性を吟味してアーリーステージのイノベーション支援に注力している」(竹内)。
 

今後の展望とスタートアップへの期待


井本も竹内も、TSUBASA 2021では期待を上回る結果が得られ、今後の可能性を強く感じているという。

「日本国内のイノベーティブなソリューションをシステマティックにソーシングできる仕組みが出来上がった」(竹内)。

尚、今期の取り組みを通じて、JICA・IDB Labとの共創を目指すスタートアップ側の課題も見えてきた。一つは、ベンチマーキングの甘さだ。イノベーションの世界は日進月歩。実際に市場に進出した時に、「国際市場における比較優位性はどの程度か」というイメージをスタートアップ自身が持ちきれていない。

二つ目は、「最終的にどうやってアイデアをサービスや製品に結実させ、マネタイズできるか」。そこが描ききれていないケースが多いと竹内は感じたという。

「技術やビジネスモデルは非常に面白い。しかし、我々からすると、『最終的にどの程度の社会変革を生めるのか』が重要。そのゴールに向けてどんなシナリオに落とし込んでいくのか。ソリューション技術からアウトプットへ、そしてさらに一段上のアウトカムへという視点と仮説が必要」(竹内)。

日本の中だけの感覚で物事を考えることの限界に触れながら、海外、特に途上国に進出する意義を井本はこう語る。

「今の延長線で考えるのではなく殻を破り、新しい発想とやり方で途上国という新天地に飛び込み、人と繋がることで得られる気づきは大きな財産。そうすることでしか到達できない高みがたくさんある」

今後は、裾野を広げ、国内のVCファンドとの連携や、大学発の技術、そして地方都市のスタートアップ等、幅広い国内のイノベーションに関わるプレイヤーとの連携を期待する。

「最初の一歩はハードルが高い。だからこそTSUBASAのようなプログラムを利用して経験を積んでほしい。何度も何度も磨き上げてチャレンジする土壌が世界にはある」(井本)。

「仮に日本の市場の意識が追い付いていないならば、待っている必要はない。中長期的なビジネスビジョンに基づいて、途上国を含む世界の市場をしっかりと見る。そして、自社のサービス・製品をベンチマーキングしてタイミングを逃さずにリスクを背負ってどんどん外に出ていくべき。そうしたチャレンジが、日本国内のイノベーションも加速させる」(竹内)。

オープンイノベーションチャレンジ TSUBASA2021 採択企業 紹介動画
https://youtu.be/0W-QXId3Y8A

TSUBASA2021成果報告会動画
https://youtu.be/Ei8DmOoxtPM



竹内登志崇(たけうち・としたか)◎海外経済協力基金(後に国際協力銀行、国際協力機構に統合)を経て、米州開発銀行グループに勤務。2018年からIDB Labに参加し、次長(プリンシパル・アドバイザー)に就任。

井本佐智子(いもと・さちこ)◎国際協力機構(旧国際協力事業団)に入構後、ガバナンス分野や南アジア地域での事業に従事。その後、国際援助協調企画室長、広報部長等を経て、2021年10月理事に就任。

Promoted by 独立行政法人国際協力機構 / Text by 丹由美子 / Facilitatior Kumiko Seto / Photograph by 有高唯之 / Edit by 松浦朋希