キャリア・教育

2022.03.09 17:00

「戦略的反射神経」の時代

1987年、筆者は米国のバテル記念研究所に研究員として着任した。ゼロックスの基本技術であるゼログラフィーの発明や、ホログラム、バーコードなどの開発でも知られる、この世界最大の技術系シンクタンクは、実際の技術開発や事業開発を行うという意味で、「シンクタンク」(Think Tank)と呼ぶよりも「ドゥタンク」(Do Tank)と呼ぶべき組織であった。

筆者が着任して最初に感銘を受けたのは、配属された部門の上司が、こう述べたことであった。

「この研究所で高く評価されるのは、クリエイティブ(創造的)な人間ではない。イノベーティブ(革新的)な人間だ」

この言葉は「バテル記念研究所では、単に創造的なアイデアを出すだけの人間は評価されない。そのアイデアを実現することによって現実を変革し、社会にイノベーションをもたらすことのできる人材こそが評価される」という意味であった。

こうした考えは、いまではグーグルを始めとするシリコバレーの革新的企業では常識となっているが、設立の1929年から、こうした現実変革の思想を語っていたことが、この研究所の真骨頂であろう。

後年、筆者が日本総合研究所の設立に際して「ドゥタンク」のビジョンを掲げ、異業種コンソーシアムの戦略による技術開発と事業開発に取り組んだ背景には、このバテル記念研究所時代の学びがある。

この日本総合研究所では、戦略担当役員として数々のコンソーシアム設立と新事業開発に取り組んだが、この時代の体験からも、深く学んだことがある。

優秀なスタッフに恵まれ、彼らが様々な新事業企画を魅力的に提案してきたが、実際に事業化のゴーサインを出してスタートすると、どれほど深く考え抜いたつもりの新事業開発戦略も、必ず生々しい現実に直面し、予想外の問題に遭遇した。その体験から、変化し続ける現実と格闘し、次々と生じる問題を乗り越え、その新事業戦略を前に進めていける人材に求められる「究極の能力」が何であるかを知った。

それは「戦略的反射神経」と呼ぶべきものである。

この「戦略的反射神経」とは、永年の体験から生み出した筆者の造語であるが、目の前の現実が予想外の展開をしたとき、状況の変化を瞬時に判断し、速やかに戦略を修正しながら、その新事業を前に進めていく能力のことである。それは「論理思考」ではなく「直観判断」の能力であり、「身体感覚」と呼ぶべきものであるが、野球に喩えるならば、「予想外の球が来たとき、体勢を崩しながらも、ヒットに持っていく反射神経」のことである。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN No.090 2022年2月号(2021/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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