世界を酔わせる後継ぎ。価値を生んだ2つの決断

英BBCが2020年に選んだ「100人の女性」に唯一、日本人で選出された人がいる。広島県の酒蔵・今田酒造本店で、杜氏(とうじ)として日本酒「富久長」をつくる今田美穂だ。かつては女人禁制といわれた酒蔵で、女性杜氏として地元の酒米を130年ぶりに復活させ、老舗酒造を立て直した実績などが評価された。

蔵元の5人きょうだいの長女として育ったが、家業を継ぐ気はまるでなかった。バブル前夜の1984年に東京の大学を卒業し、西武百貨店などで10年ほど文化発信事業に携わったが、程なくしてバブルが崩壊。東京での仕事が激減するなか、家業の酒蔵は日本酒級別制度の見直しもあり存続の危機に陥っていた。

自分が継ぐしかない。覚悟を決めて94年に実家に戻り、下したのが2つの「やめる決断」だった。まず、卸を通すのをやめた。都内で知名度がある酒店に営業をかけ、直取引できる店舗を開拓していった。同時に、吟醸酒や純米酒などの特定名称酒に当てはまらない「普通酒」の生産をやめた。売上高は激減したが、「味で選んでもらえ、売ってもらえる日本酒にならない限り、生き残る道はありませんでした」。

ほかの酒蔵にはない価値を求め、2001年からは広島を代表する酒米の在来品種・八反草の復活栽培に取り組んだ。栽培はとても難しいが八反草にしか出せない味わいがある。冬場は朝5時に蔵に入り、社員とともに酒づくりに専念。2日に1日はこうじの夜番だ。納得できる味の酒ができるまで、15年以上を費やした。

「杜氏の仕事は、覚悟と根性がある人でなくては務まらない。酒づくりの厳しさと難しさがわかるほど、杜氏への尊敬の念が湧きました」

こうして生まれた富久長の「八反草純米吟醸」は年間12klを売り上げる看板商品に成長している。

国内の日本酒市場が低迷するなか、今田は英国人社員らとともにSNSなどで日本酒文化の海外発信に力を入れる。「ワインのように土地やつくり手の個性を打ち出すことで、日本酒は世界の酒になれると信じています」


いまだ・みほ◎今田酒造本店代表取締役兼杜氏。広島県生まれ。明治大学卒業後、西武百貨店や日本能楽芸術振興会「橋の会」に勤務し、1994年に今田酒造本店に入社。広島酒米のルーツである八反草を復活させてつくる日本酒など、数々の新しい取り組みが国内外で高い評価を得ている。

文=瀬戸久美子 写真=前 康輔

この記事は 「Forbes JAPAN No.090 2022年2月号(2021/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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