格闘家を「仕事」と捉えず「自分業」として向き合う 青木真也のブレない姿勢

青木真也 氏(左)と澤円 氏(右)

格闘家、青木真也。そして、日本マイクロソフトの元業務執行役員で「プレゼンテーションの神様」と呼ばれる澤円。いずれも「個人力」で生きるふたりだ。

「個の時代」といわれる現代、どのように自らの力を強固にしているのか。ふたりに聞いた。

澤円(以下、澤):青木さん、ご無沙汰しております!

青木真也(以下、青木):お久し振りです。3年振りくらいですね。

澤:3年前に青木さんとお目にかかった後、色々な人から羨ましがられまして。今回は、「個人」と「ファミリー」の2つのキーワードで、お話を伺って参ります。先ず、格闘技を始めたきっかけを聞かせて下さい。

博打を打ちに警察官から格闘家へ華麗なる転身


青木:柔道を小学3年生から20歳までやっていまして、その後、格闘技に転向し、プロになって17~18年経ちました。大学4年の春にチャンピオンになって、プロから声がかかったのですが、警察官として就職が決まり、一度は就職したのですが、水が合わなかったというか。で、「若いうちに博打を打とう!」という心持ちで、23歳で格闘技のプロに転身しました。

その時は「3~4年やってみて、だめだったらやめよう」とも考えていて。でも続けていくうち、格闘技業界が水が合ったというか。巡り合わせでしょうか。

澤:水の合わない警察官と、水が合った格闘技との違いは何だったのですか?

青木:格闘技は、強制されない個人主義です。自分の好きなような自由にやれるのが魅力。自分の言動を貫き通したいから、どんどん格闘技に魅かれていきました。

澤:なるほど。自分を律するという行為が仕事になったのですね。

青木:いいえ。そんな立派なものではなくて。律してないですよ(笑)。よく他人から「毎日コントロールして食事制限やトレーニングに耐えて、偉いね」と言われるのですが、自分自身としては、好きな事をやっているだけ。誰にも頼まれているわけじゃないし(笑)。トレーナーからは「お前は練習し過ぎだから、少し休めよ」と言われた事もあるくらい(笑)。

澤:そういう意味では、青木さんは、格闘技を「個人」で上り詰めたわけですが、その一方でよく「ファミリー」という言葉を使っていますが、その心とは?

青木:格闘技には、物語性を持って行い、色々な方を巻き込んで進めていく部分もあります。つまり、競技そのものだけでなく格闘技には、「それぞれの立場で都合よく役割をこなす」一連の流れがあるんです。そんな意味合いで「ファミリー」という言葉を使っています。

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トレーニングも食事制限も全ては「自分の匙加減」で


澤:なるほど。では「個人」という視点で考えた時、青木さんにとって、格闘技との関わり方でポリシーはありますか?

青木:格闘家は、練習や体調管理を他人に委託してコントロールする方も多いですが、僕の場合は、どんな練習をするか等、「全て自分の匙加減」でやっています。練習の組み立て方や体調管理も「職人の腕」みたいな感覚というか。そこが、格闘技をするうえでの自分自身の楽しみ方だから、「自分の匙加減」は絶対に手放したくない。誰とやろう、どうやってやろう、と日々考えています。

昔の財産をポジティブに使って生きていくアスリート人生


澤:僕自身の話をさせていただくと、1993年から2020年8月までサラリーマンだったんです。最初、日本企業に就職して、次に外資系のマイクロソフトで仕事をしたのですが、28年間サラリーマンを経験して、よく分かったのが、「自分はサラリーマンに向いていなかった」という事。気がつくのが遅すぎなんですが(笑)。

さっき青木さんのお話に出てきた「僕は僕のやり方で、匙加減でやってパフォーマンスを出す」方が、自分も圧倒的に向いていたわけです。ただ、その一方で、僕は一芸に秀でた人間では無いので、会社員時代、仕事をちょっとずつ、ちょっとずつ、要領悪く吸収していき。その吸収した仕事のノウハウが自分の中で結合して上手く始動し始めたのが、今から2年前でした。

だから現在は、ベストな状態で「個人」としての仕事を突き詰める事が出来るようになりました。青木選手は、「個人」を貫いていますが、周りの方の評判はどうですか?
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