伊藤氏は当初、プーチン大統領がウクライナへの侵攻を命じても、親ロシア勢力が強いウクライナ東部2州にとどめるはずだと予測していた。伊藤氏は「親ロシア勢力が存在しない場所も含めた全面侵攻は、まさに侵略行為。侵略かどうかを認定する役割を持つP5(国連安全保障理事会常任理事国)として、あり得ない行動だ」と語る。「ウクライナ全体を傀儡政権にしたら、ロシアはNATO(北大西洋条約機構)諸国と直接相対することになる。緩衝地帯を消してしまうのも、戦略的な合理性から外れた行動だ。ロシア軍は合理的に考えて今回の作戦を積極的に支持しなかったと思う」。
伊藤氏は、ロシアは今回、クリミア併合から8年間をかけて改革してきたウクライナ軍を軽んじ、同時に大規模な演習を見せつける間に、ウクライナ軍に十分な準備の時間を与えてしまったとも指摘する。
今回、全面侵攻した以上、ロシアの第1戦略目標は、ゼレンスキー大統領が率いるウクライナ政権の打倒と親ロシアの傀儡政権樹立になる。ただ、プーチン大統領は2月24日の演説で、軍事作戦について「ウクライナ政権によって8年間、虐げられてきた人々を保護することが目的だ」と語っていた。キエフに迫っても、特殊部隊によってゼレンスキー氏らの拘束か殺害を狙い、一般市民に犠牲を強いることは極力避けるだろうとみられていた。だが、ハリコフでは州庁舎などへの攻撃により、民間人にも多数の死傷者が出ている模様だ。
渡邊剛次郎・元海上自衛隊横須賀地方総監(元海将)もロシア第1戦略目標について「ゼレンスキー大統領が自ら言っているように大統領を目標として拘束し、政権交代と中立化、非NATO化を達成することで、ロシアの脇腹における脅威を取り除くことだったのではないか」と指摘する。一方で、プーチン大統領が侵攻開始後、ロシア軍の核抑止部隊に特別警戒命令を出した過激な行動について「作戦の行き詰まりが原因ではないか」とも語る。その象徴が、米宇宙企業マクサー・テクノロジーズが2月28日に撮影した衛星写真によって確認された、キエフの北に位置する森林地帯の道に64キロにわたって伸びたロシア軍の車列だという。
渡邊氏は「一番の理想は、多方面の平野から一気に進撃するやり方。しかし、キエフ周辺は、東側にドニエプル川、北西側に森林地帯が広がり、その中の一本道を進むしかない。あれだけ長い車列の途中を対戦車ロケット砲などで攻撃されて、軍用車両や戦車などが擱座したら、車列は身動きが取れなくなる。前方の部隊は戻ることもできず、森林内を車両で移動することもできず、孤立したまま戦闘を行わなければならないだろう」と語る。