ビジネスにも必要なインクルージョンとダイバーシティ
誰一人として取り残さない「インクルージョン」や多様性を認める「ダイバーシティ」が社会で重視されるようになって久しいが、PwCコンサルティング常務執行役パートナーの野口功一は、ビジネスの世界においてもこれらの概念は重要だと強調する。
「会社で決められたことを唯一の価値観として進めていくのが日本の会社の特徴でしたが、いまの時代、それでは立ち行かなくなっています。強い会社の定義やリーダーシップのあり方が変わってきているのです。そのコアになるのがインクルージョンとダイバーシティです」
多様な価値観が共存することで、新しいものを生み出したり、イノベーションを起こしたりすることができる。つまり、多様な人材が集まることが不可欠なのだ。
「物の見方を変えるよう言われても、人はなかなか変えられません。ではどうしたらいいかというと、価値観の違う人と議論をするのが一番簡単に変わる方法なんです。当社では障がい者アスリートを雇用しており、私も車いすバスケの選手たちとチームを組んで新規事業の話をしていますが、彼らには、私たちの想像できない視点があります。多様な人材が集まることで、新たな価値が生まれるのです」
ダイバーシティを認めることは社会をよりよくするだけでなく、ビジネスにも大きな効果をもたらす。
「いまは、社会的意義としてのダイバーシティやインクルージョンにあまりにも引っ張られすぎています。経済活動の面でもこうした価値観をもっと推進するべきであり、それはビジネスの成長のためにも重要だと私は考えています」
こうした社会変容によって、コンサルティングファームに求められるものも変わりつつある。コンサルティングファーム自身にもサステナビリティ経営が求められるようになっているのだ。
PwCコンサルティング 常務執行役パートナー 野口功一
PwCコンサルティングはESG経営やSDGs達成の支援に代表されるサステナビリティコンサルティングも行っているが、同社自身がどう直接的にサステナビリティに貢献しているかを指標で示すのは難しい。そこで同社では、SDGsの目標の17「持続可能な開発のためのグローバルなパートナーシップ(協力関係)の強化」に注力している。つまり、クライアントのサステナビリティ経営への貢献だ。
「SDGsの目標17に基づき、クライアントへのすべてのご提案について、サステナビリティ経営にどうつながるかを盛り込むことを考えています。例えば、PwCでは会計システム導入も提供していますが、導入することによってどういうデータの取得が可能で、それがどのようにクライアントのサステナビリティ経営に結びつくかをご提案するといったイメージです。こうした取り組みを推進すれば、サステナビリティコンサルティングだけでなく、私たちのすべてのコンサルティング業務が自然とクライアントのサステナビリティ経営へとつながります。それがクライアントの顧客や取引先などにも波及し、サステナブルな社会が広がっていきます。つまり、私たちがサービスを提供すればするほど、世の中はよくなっていく。これがPwCコンサルティング自身が目指すサステナビリティ経営です」
「3つのD」で変革スピードを向上
PwCはグローバルで「The New Equation」という新たな経営ビジョンを策定した。多くの企業が求めているのは「Trust」(信頼)と「Sustained Outcome」(持続的な成長)であり、この2つの実現を支援する体制を整えるため、PwC自身の組織やサービスを抜本的に組み替えようという狙いだ。
「あらゆる産業がシームレスになってきているなか、縦割りの組織で本当にいまの時代に必要なサービスを提供できるのか。そこで各拠点が実状に合わせ、抜本的にサービスや組織を見直しているところです」
PwCコンサルティングも例外ではないが、同社では「The New Equation」の策定前から変革に関する議論を進めていた。事業の再構築、新規事業開発、組織改編、次世代マネジメントへの継承、人材育成などについての議論を重ね、2021年に「3つのDによる変革プラン」を策定している。3つのDとは、「Design」(新しい姿を描き、つくる)、「Disruption」(従来の概念を覆す)、「Dimension」(多くの側面から多面的に考える)を表しているという。
狙いはまず、クライアント向けの提案やコンサルティングをいままで以上のスピードで提供することにある。それを実現するために、クライアントや業界のインサイトをより深く考察する機能をもち、専門組織を新たに設ける。そのアウトプットをもとに、各クライアントの担当チームがよりスピーディーに適切な提案を行う。
「わかりやすく言うとシンクタンク機能のようなものですが、コロナ禍になってからビジネスの変化が加速し、多くの企業が何をするべきなのかが見えにくくなっています。私たちが単なるレポート作成ではなく、業界やクライアントのインサイトを深く分析することで、クライアントが気づく前に課題を突き止め、先回りしたご提案をするのです」
提案の次は実行だが、それについてもいまの時代は、よりスピードが求められるようになっている。PwCコンサルティングでは、そうした要請に応えるために既存のサービスを見直し、デジタルをベースにした複数のサービスを組み合わせ、課題解決のスピードアップを図っている。
また、企業のDXを支援するにあたってPwCコンサルティングではこれまで、戦略からシステム導入までを手がけてきたが、ソフトウェアやクラウドサービスの利用に関しては、クライアントがITベンダーなどと個別に契約をしなければならない事もあった。それはクライアントにとって手間であり、意思決定のスピードにも影響する。この問題を改善するべく、同社はオリジナルのソフトウェアやクラウドサービスなどのデジタルプロダクト開発を行っていく。
「私たちが一歩進み、もっと直接的にデジタルを活用したサービスの提供を増やしていく必要があると考えています。これまでも他社とアライアンスを組みソフトウェアやクラウドサービスなどを提供してきましたが、今後はこのようなパートナーとの協業をさらに強化していくと共に、自社で開発したオリジナルのデジタルプロダクトを提供していきます。私たちのビジネスは優れた人材によって価値を提供するサービスですが、これからはモノを提供するサービスにも注力していきます」
クライアントの戦略実現や意思決定をこれまで以上に速くするための支援においてカギとなるのが、東京・大手町にある「エクスペリエンスセンター」と「テクノロジーラボラトリー」だ。
エクスペリエンスセンターでは、エクスペリエンスデザイン(体験のデザイン)やアジャイルの手法を使いながらテクノロジーによる体験やプロトタイピング(試作を使った検証)を進める。テクノロジーラボラトリーでは、最新のテクノロジーを体験できる。この二つの施設とチームによって、クライアントがDXを体感しながらスピーディーに進めることができるようになる。
「言ってみれば、未来を体験してもらう場です。例えばエクスペリエンスセンターでは、クライアントが生産プロセスを変えたいというとき、まず、どういうプロセスで製造するべきかを一緒に考えます。そしてセンター内のファシリティを使って実際にどうなるのかを再現し、プロトタイピングを行います。それをクライアントに見せ、議論しながら進めていくので、アジャイルに開発を進めることができるのです」
「最初に設定した要件を基に最後まで一気に進めるウォーターフォール型の開発だと、途中で状況が変化しても後戻りできないため、100点の結果を出すことは難しい。ところがアジャイルで進めると、例え平均が70点でも変化に対応できるので、最終的にはクライアントが満足するものに仕上げることができる。
このような支援を実現するためにPwCコンサルティングは「BXT(Business eXperience Technology)」というアプローチを掲げている。同社が蓄積してきたビジネスコンサルティングのスキルとテクノロジーのサービスに加え、エクスペリエンスセンターのスペシャリストによるユニークで新しいアイデアの創出、急速に変化するデジタル技術の知見を融合させることで、クライアントのための新たな価値を創造するのだ。
自らがエコシステムのキープレイヤーとなる
PwCコンサルティングは、よりクライアントの変革スピードを速めるための支援にも取り組む。その一つとしてコンサルティングフィーに成功報酬やスマートプライシングなどを導入し、クライアントと成功を共有できる仕組みを強化する。
「これまでも一部で新しいプライシングモデルを導入してきましたが、これをより拡大し、リスクと成功をクライアントとシェアしたいと考えています。私たちとクライアントのベクトルを合わせることで、クライアントの意思決定が速くなりますし、これによってPwCが重視する『信頼』も強化されます」
さらにPwCコンサルティングは日本だけでなくグローバルなネットワークを活用し、クライアントの新たなビジネスの創出を目指す。
「自動車産業にIT企業が参入するなど、これだけシームレスな世の中になると、自社だけで新しいことを始めるのは難しく、クライアントもアライアンスを組む必要があります。私たちが築いてきたネットワークを生かすことで、クライアントのアライアンス候補も提案でき、ビジネスをよりスピーディーに進めることができるのです」
同社はいわば、エコシステムを拡張していこうとしているのだ。
「3つのDによる変革プラン」は2021年から23年までの3カ年計画で、まずはPwCコンサルティング自らが変化することを進めていく。それによって、スピーディーな変革が求められるクライアントに、最適なサービスをより速く提供できる体制をつくり上げていくのである。
「この変革プランによって、当社は成長率15%、最終年度の売上高1,000億円以上、社員数4,000人以上に引き上げることを目指しています。変革を進めるにあたり、社内にも乗り越えるべき課題は多くありますが、クライアントの変革を支援するためには、まず私たち自身が変化しなければなりません。自分たちが変化を体感し、クライアントによりよい価値をご提供できるよう取り組んでまいります」
PwCコンサルティング合同会社について
のぐち・こういち◎PwCコンサルティング常務執行役パートナー。
Chief Strategy Officerとしてコンサルティングサービスの事業戦略を統括。また、グローバルで推進している新しいコンサルティングのアプローチBXTの推進リーダーに加え、デジタルを活用した新規ビジネスを推進するProduct&Technologyのリーダーも務める。
主な著書に『シェアリングエコノミーまるわかり』(日本経済新聞出版社)がある。