これは人にもあてはまる。著者いわく、人の腸内環境は「多様な微生物が食物を発酵させて作り出した栄養豊富な土」であり「腸は、その土に根を下ろし、血管という葉脈を使って栄養を運搬し、青々とした細胞という葉を茂らせる」役割を担っているらしい。
「人の栄養吸収は、主に小腸までに行われ、消化・吸収されなかった分を大腸の腸内細菌に回します。腸内細菌の主な生息場所は、小腸を通り越した大腸で、小腸の1万倍ほどの高密度で存在しています。そうして分解されたものが腸内に運ばれると、今度は腸内細菌が発酵させ、その結果として、ビタミンやミネラル、アミノ酸、有機酸などの栄養が豊富な腐植土ができあがります。そのままでは吸収しづらい栄養素も、腸内細菌による発酵やサポートを経て、人に吸収しやすい形になります。」
人にとっての「土壌」である腸内環境は、森における土中環境と完璧な相似形をしている。その証拠に、森で起きていることと全く同じことが人の消化管でも行われている。では腸内環境のバランスが乱れ、良質な腐植土が作れなかった場合はどうなるのだろうか?
「腸内環境が悪化することは、つまり、土の中で腐敗菌が増えることを意味します。それによって、根腐れ状態になると、血液環境も悪化し、細胞が劣化し、身体は枯れてしまいます。」
だからヘルスケアにおいて「腸内細菌のバランスを改良し、フカフカに発酵した腐植土を作る」ことが何より大切になる。興味深いのは、土壌腐敗が心にも影響を及ぼすという点だ。じつは腸と脳は24時間365日、自律神経やホルモン分泌、生理活性物質などを通して密にコミュニケーションを取りあっている。最近の研究では、腸内環境の情報を脳へ伝える際に、肝臓がインフォメーションセンターの役割を果たしていることが分かったという。人はストレスがかかると脳からホルモンが分泌されるが、腸内細菌はこうしたホルモンの動きを敏感に感知する。腸内細菌のなかには、精神を落ちつける伝達物質も含まれている。だからストレスによる腸内環境の乱れは、心の状態に直結するのだ。
著者は、最新の分子整合栄養学やバイオロジカル医療、腸内フローラ研究をもとに予防医療や生活習慣病、終末期医療に携わってきた医師。人と地球全体の健康を実現する「プラネタリーヘルスケア」を食から実践することも提唱している。
「プラネタリーヘルス」が目指すのは、人を含めた地球全体の健康の実現だ。この考えを支えるのが「人と地球は別々な存在ではなく、相互依存関係にある」という発想。今、私たちが抱えている課題、たとえば心身の病気や飢餓、貧困をはじめとする社会問題、環境問題などは人が分断的思考に基づいて自然を支配し、社会システムを構築してきた結果だと著者は説く。問題を解決するヒントは「自分をも内包した地球」というイメージのなかにある。
本書では、具体的に腸内の土を改良する方法も書かれている。腸内環境を良くすることが地球の自然とどう関係するのか。その答えは、ぜひこの本を手にとって確認して欲しい。
(この記事は、桐村里紗著『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』から編集・引用したものです)