働き方やライフスタイルのみならず、住む場所も多様化した近未来。配送拠点は分散化されたコミュニティに合わせて小型化し、ラストワンマイル物流ではドライバーや積載率が最適化される。
そこで行われるのは、単なるモノの移動ではない。送り手と受け手がコミュニケーションを取り合うことで、笑顔の連鎖を生む「価値」のロジスティクス。画一的にスピードを競い合うのではなく、真の配送ニーズが満たされ、リソースやオペレーションにも無駄や無理を生じさせることがない。
それを下支えするのは、テクノロジーの力だ。AIやIoT、ロボティクスによって実現するレジリエンスなサプライチェーンが、人手不足に代表される各種課題を解決し、豊かな社会の形成に貢献する――。
本稿のメインビジュアルでも表現した、この心躍る未来像を想い描いたのは、NEC 交通・物流ソリューション事業部の武藤裕美および梅田陽介、そしてラストワンマイルのルート最適化サービス「Loogia(ルージア)」が評価され、「Forbes 30 Under 30 Asia 2020」に選出されたオプティマインド代表の松下 健の3名。
注目は、この3名が描いた未来が数十年後のものではないことだ。3名が取り組んだテーマは「2030年のロジスティクス」。あと10年を切った近未来だけに、実現するかどうかわからないレベルの構想では意味がない。
非常にチャレンジングな企画だが、3名が真摯に取り組んだのは、物流業界が危機を迎えているからにほかならない。ドライバーの時間外労働時間に上限規制が設けられる「2024年問題」、年々低下するトラック積載率低下に伴う物流コストの上昇など問題は山積みだ。
他方で、ロジスティクスの発展は社会の豊かさに直結する。「誰もがモノやサービスを享受できる理想の社会を一刻も早く生み出したい」との思いで共鳴した3名は、どのような議論を展開し、未来像へとたどり着いたのか。その内容を紹介していく。
(ファシリテーターはForbes JAPAN WEB編集長の谷本有香が務めた)
(左上から時計回りに)NEC 交通・物流ソリューション事業部 ソリューション推進部長の武藤裕美、
NEC 交通・物流ソリューション事業部 主任の梅田陽介、
Forbes JAPANの谷本有香、オプティマインドの松下 健。
誰もが公平にモノやサービスにアクセスできる社会へ
あと8年しかない「2030年」は、いわば地続きの未来。少なくとも、社会全体の“見た目”が極端に変貌するとは考えにくいため、2022年の現実に即したうえで、2030年以降をも見据えた視座が問われる。そう問題提起したForbes JAPAN谷本に対し、まず反応したのはNECの梅田。自身のアイデンティティを見つめたうえで、あるべき未来を次のように語った。
「私の実家は、周囲にコンビニエンスストアもないような場所で、いまいる東京に比べるとかなりの物流格差があります。現在でも過疎化が進んでいますので、2030年には物流需要自体が相当落ち込むでしょう。では供給体制はどうかというと、ドライバー不足はすでに深刻化しています。モノやサービスにアクセスできなくなる状況が現実味をもって迫ってきているのです。そうさせることなく、誰もが公平にモノ・サービスを受け取れるようにしなければならないと考えています」(梅田)
同じくNECの武藤は、この「誰もが公平に」というキーワードの重要性を、ウェルビーイングの切り口から表現した。
「やはり、幸せに暮らすためには、必要なモノが必要なタイミングで手に入れられることが不可欠だと思うんです。でも、それは決して簡単なことではないんですよね。物流関連に携わる中で痛感するのは、『手元にモノが届く』まで本当に様々な人や企業、自治体がプレイヤーとして関わっているということです。そうしたつながり全てを支えなくては、安定したロジスティクスは実現できませんから、そのためにどうするかという視点が大切ではないでしょうか」(武藤)
オプティマインドの松下は、この2人の言葉に「全く同感で、NECのファンになりそう」と喜んだうえで、「主語と述語の順番」というわかりやすいまとめ方でテクノロジー偏重にならないよう警戒を促す。
「お話を聞いて思ったのは、『幸せ』や『多様化する社会』を主語とすることの重要性です。物流業界の変革というと、どうしてもテクノロジーを駆使して効率化を図るといったことが論点になりがちですが、そこを主語にすると『山奥にモノを運ぶのは非効率だから営業所を閉鎖しよう』という話になってしまいます。大切なのは、人々の幸せを持続させるためにテクノロジーをどう使うかですから、主語・述語の順番を間違えないようにしなくてはなりません」(松下)
物流は、コミュニケーションサービスへ進化していく
多様化する社会で、幸せであるためにロジスティクスを安定させる――。理想的だが、そのためにクリアしなければならない問題がたくさんあるのも事実だ。そこで、谷本は次のように問いかけた。
「ドライバー不足や物流コストの増加により、モノを運べない時代が来るともいわれています。そうした事態を防ぐにはどうすればいいのでしょうか」(谷本)
これに対し、梅田は意外と知られていない物流現場の実情を明かし、解決すべき問題点を絞り込んだ。
「誤解されがちですが、日本の物流は相当レベルが高く、かなり効率化も進んでいます。物流の現場で無駄を取り除こうとしても、乾いた布を絞って水を出そうとするようなものです。むしろ、短納期や緊急配送、再配達の多さといった部分が物流に負担をかけ、非効率化を促している現実があります」(梅田)
つまり、物流会社はすでに相当以上の企業努力を尽くしているというわけだ。裏を返せば、物流会社単体で解決できる問題ではなくなっていると武藤も指摘する。
「そもそもサプライチェーンは、1社単独でできあがっているものではありません。だからこそ、異業種を含めてステークホルダーが手を取り合い、データを出し合って最適化を図ることが求められてきているのではないでしょうか」(武藤)
テクノロジーの力で、短納期や再配達の問題をクリアする。NECやオプティマインドがその部分を裏側から支えることで、物流という仕事の質が大きく変化していくと松下は予測する。
「サプライチェーンのデータを集めて最適化できれば、物流の仕事はコミュニケーションサービスに変わっていくと思います。料金の上乗せでサービスを高度化するとか、荷物の量に合わせてドライバーの勤務時間を調整するなど、高度な合意形成を担うのではないでしょうか。そうなると、いまはコストとして捉えられているロジスティクスは、企業価値に変わっていくはずです」(松下)
コミュニケーションサービスというキーワードに、武藤も敏感に反応。ロジスティクスが大きく変わる契機になるのではないかと話す。
「松下さんのおっしゃるとおりで、コミュニケーションの活性化によってロジスティクスは大きく変わる可能性があります。たとえば、いまは荷物の出し手である発荷主がお金を負担しているのに、受け手である着荷主が『翌日午前必着』などいろいろな条件を出していますよね。でも、諸条件の合意形成をコントロールすることで、実は翌日午前じゃなく明後日でもいいという着荷主もいるでしょう。そういった部分をテクノロジーの力でアシストすると、無駄や無理をなくすことができます」(武藤)
これまではタクシーのようだったのがバスのようなサービスへと変わり、テクノロジーの貢献できる領域はさらに広がると梅田も強調する。
「今後、人口減少が加速してコンパクトシティ化が進めば、過疎化地域も増えます。そうすると、ラストワンマイルをできるだけ共同化してドライバーや積載率の最適化を図る必要も出てきます。物流網の隅々までテクノロジーで支えることが、従来以上に求められるでしょう」(梅田)
サプライチェーンのデータプラットフォーム構築へ
テクノロジーを物流網に張り巡らせることで、物流が血の通ったコミュニケーションサービスへと進化する。その未来像の中で、NECやオプティマインドはどのようなソリューションを展開していくのか。
NECは、「複数企業のデータを統合し、強靭なサプライチェーンを支える」ことに取り組んでいると梅田は話す。それによって共同配送を実現し、物流リソースの最適化を図るという。具体的なプロジェクトもすでに動き出している。
「2021年6月に日本通運(2021年1月よりNXグループ。以下、NX)とデジタルトランスフォーメーションによる価値共創に向けた業務提携契約を締結しました。IoTを活用した倉庫オペレーションの効率化・省力化・無人化や、AIや遠隔操作ロボットなどを用いて、これまで人力による作業の提供が困難であった場所で作業をすることなどに挑戦していきます。また、サプライチェーンにおいて日々発生している調整業務の効率化を目指して設立された『自律調整SCMコンソーシアム』にも参画しています。自動交渉AI技術など先進技術を活用しながら、ユーザー企業や学術専門家などと一緒に、調整業務フローの整理や検討を進め、業務面の課題解決を目指しています」(梅田)
そう説明した梅田に続き、武藤は、企業や業界の枠を超えた「共創」をキーワードに掲げた。
「デジタルテクノロジーの価値は、連携と拡張、そして全体最適を可能にするところにあります。だからこそ、NECでは『未来の共感』を起点としたビジネスの共創を積極的に進めています。デジタルテクノロジーをうまく活用し、企業間の枠組みを超えて異なるバリューチェーンをつなげ、新たなイノベーションを生み出すことが、今後の社会課題解決のためにより重要になっていくと考えています」(武藤)
サプライチェーン全体を支えようとしているNEC。いわば、社会の大動脈を担うようなものだ。一方でオプティマインドは、毛細血管のような役割を担おうとしている。物流拠点から個人宅への「ラストワンマイル」の配車を最適化する取り組みだ。
「現在、配車は職人技とも呼ぶべき精度で行っている物流会社が多いのですが、それをAIの力で持続可能にしようというものです。もちろん、職人技が100点ならば、弊社のAIは80点となってしまうおそれは十分にあります。しかし、職人技を同じ高精度で5年10年と継続できるかどうか。もしかしたら担当者が退職してしまって技術の伝承ができず、100点がいきなり0点となってしまうかもしれません。そうした事態を防いで持続可能性を高めたいのです」(松下)
そう意気込む松下は、NECやNXのような大手企業がインフラ整備を担い、自らのようなスタートアップが部分最適に取り組むことに期待を寄せる。それを受けて武藤は、物流業界のポテンシャルの高さに言及して未来の明るさを示した。
「2030年は間近ですが、物流業界のポテンシャルを考えると、理想が実現する可能性は十分にあると思っています。というのは、課題の多さが目立つ物流業界ですが、ひとつひとつの現場ではみなさん非常に創意工夫を凝らしていらっしゃいます。ソリューションやツールを導入されると、私たちの想定以上に発展的に使いこなす企業が少なくありません。導入時は80点でも、すぐに120点に到達するケースもあるんです。ロジスティクスが持続可能性を高めるのに重要だと経営層が認知されれば、一気にサプライチェーン全体が底上げされる可能性だってあります」(武藤)
80点でも十分な合格点であることは言うまでもない。しかし、すでに100点に近い高水準へ到達している日本の物流業界ならば、そこを飛び越えて40点アップの120点も望めるというわけだ。
「そう考えるとワクワクする」と興奮を隠さない松下は、「上乗せ分を社会に還元できれば、想像以上に明るい未来が待ち受けているかもしれない」と希望を語った。誰もがモノ・サービスを享受できるだけでなく、コミュニケーションの活性化ももたらす「2030年のロジスティクス」。きっとそこには、笑顔と豊かさに満ちた世界が広がっているはずだ。
企業成長の先をつかむDX
ロジスティクス・モビリティのDX
武藤 裕美(むとう ひろみ)
NEC 交通・物流ソリューション事業部 ソリューション推進部長。
NECにSEとして入社。デマンドチェーンマネジメントや物流関連のシステム開発を担当。その後、営業職へ転換。主に物流会社を担当し、情報システムから現場系のシステムまで幅広く対応。現在はその経験を活かし、ロジスティクス分野の事業企画に従事。
梅田 陽介(うめだ ようすけ)
NEC 交通・物流ソリューション事業部 主任。
岐阜県出身。NECへ入社後、東海エリア顧客向けの営業担当を経験。その後、荷主企業(製造業・卸売業・小売業)や物流事業者に対する、物流ソリューション営業やマーケティングを担当。現在は、上記に加えてロジスティクス分野の事業開発を推進
松下 健(まつした けん)
オプティマインド代表取締役社長。
1992年、岐阜県生まれ。2015年、名古屋大学大学院在学中に合同会社オプティマインドを創業。17年、同社を株式会社化。同大学大学院情報学研究科博士後期課程に在籍中、専門は組合せ最適化アルゴリズム。
Promoted by NECText by Kazuki MiuraIllustration by Yu MoriPhotographs by Toru HiraiwaEdit by Tomoki Matsuura