キッチンの外も考える思考回路
北野:エテが成功した理由は何でしょう。
庄司:勉強中の身なので、たくさんいる料理人のなかで私のスキルが卓越しているかといったら、そうではありません。成功している印象があるなら、これまで見たことのない「型」をつくれたからだと思います。ひと目で自分の作品とわかってもらえるもの、それが私におけるケーキなんですね。
北野:もともとそういうセンスがあったんですか。
庄司:お金を借りてマインドが変わりました。「ロス(廃棄)が出たら大変なので、予約制でスペシャルなケーキをつくろう。1種類でいいから作品を生み、自分を知ってもらおう」と。最初からレストランをやりたかったのですが、23歳の新人女性オーナーが年上の料理人を雇うのは難しいと思って。置かれた環境から新しいものを生み出せたんです。
完全予約制・数量限定販売のケーキは、季節のフルーツをあしらった「Fleurs d’été(フルール・ド・エテ)」。写真は、2022年の新春をことほぐマンゴーのタルト(1万5000円)。コフレボックスのような箱に収まった、ずっしり重量感のあるケーキはあらかじめ9等分にカットされている。小田急線代々木上原駅近くに新設されたケーキの受け渡し専用スペースで予約日に受け取る。
北野:自分の「強み」は、何だと考えていますか?
庄司:なんだろう。料理人としておいしいものをつくれることは当たり前で、それがやっとスタート地点です。その枠を外れた部分で、キッチンの外でやらなきゃいけないこともできたのが大きいです。
例えば、お店のディスプレイや料理のスケッチ、ケーキを収める箱のデザイン。料理のキャッチコピーを自分で考えたり、撮影した写真を作品として発表したり。そこからどんなマーケットに届くか、どの世代にリーチするのか。そういう思考回路が私にはたまたまあったんです。ファッションの世界に刺激を受けてきた経験も生きたとは思います。
北野:ファッションやアートの方面に進まなかったのはどうしてでしょう。
庄司:自分がつくった料理を食べてもらって、喜んでくれるのを見ることが好きだからですね。アートは何千万とか億という世界なのに、同じ時間をかけてつくった農家さんのお野菜はなんでこんなに安いのか。さらに、そのありがたいお野菜を使っている料理人たちの仕事が、なんでこんなに安いんだろうと疑問に思っていて。
北野:何が変われば、食の世界が適正に評価され、稼げるようになると思いますか。
庄司:消費を変えるには時間がかかるので、まずは私から発信するしかないと思いました。アーティストとコラボしてワンボックスのケーキを3万円近くで販売するのは、「食もアートと同じだけの価値がある」と世間にわかりやすく伝えたいからです。
いま、料理人になりたい若い世代があまりいないですし、世界で評価される日本の食を支える農家さんに利益が還元されない現状は、変えていく必要があると思います。新しいクリエイションをつくるうえで必要なことなので、まず自分のお店のスタッフに対して実践しました。彼女たちには「旅行に出かけるのも大事だし、美術館に行くのも大切だよ」と言っています。そこへ行ける時間もお金もなかったら、お店全体の成長がないですから。
北野:一流のものに触れることでインスピレーションが湧いて、新しいものがつくられますからね。