ニッチは巨大市場に化ける
その好機がいまだ。2020年にスモール・ジャイアンツアワードのグランプリを受賞した、川口スチール工業(佐賀県)を取り巻く世界は2年間で激変した。同社は、工場など産業施設の屋根を設計・施工する従業員12人の小さな会社である。「脱下請け」を目指して太陽光パネルの超薄型シート「フィルム型ソーラー」を開発。10年にどこにでも設置可能な発電システムを完成させたが、国内で市場を確立できなかった。その後、アフリカの非電化地域に焦点を移して、「暗闇に光をもたらした」と、アフリカ諸国で注目されていた。すると、世界のお金がサステナビリティ領域に動き始めたのだ。
まず、国連開発計画(UNDP)のニューヨーク本部から提携の話が舞い込み、21年末、ブルキナファソのUNDPと、同社代表の川口信弘がつくった一般社団法人GOOD ON ROOFSの業務提携が決定した。日本で川口たちが企業の屋根に賃料を払ってパネルを設置。太陽光発電の収益の一部をアフリカでの電化事業に使用する。屋根を貸した企業は「UNDPと共同の社会貢献活動」をPRできる。
川口スチール工業 代表取締役 川口信弘(写真左から2番目)
また、国際協力銀行(JBIC)は「地球環境保全業務(通称:グリーン)」という支援策をスタート。昨年3月に3000万ユーロ(約39億円)をベナン共和国に融資することが決定。「グリーン」融資が学校の電化事業に限定使用される。これを川口たちが一手に事業を引き受けることになったのである。
もともと屋根などの設置場所を貸すPPA(太陽光発電の第三者所有モデル)という市場は存在した。そこに途上国支援とSDGs文脈が加わり、地球上に13億人がいる非電化地域の巨大な「PPA電化市場」を創出したのだ。
18年にグランプリを受賞したミツフジ(京都)も、市場があとから生まれたケースだ。衰退していた繊維業の歴史が生みだした独自の繊維と技術を使い、同社は生体データを正確に取得するIoTウェアラブルの「hamon」というシャツを開発。建設現場での熱中症対策や米プロスポーツの分野などで、体内の変調を知らせる役割で使用されていた。
「もっと日常的に使用できないか、多種多様な労働環境に適した使用法がないかと研究してきました」(三寺歩社長)
21年1月、マルチキャリア対応のSIMを搭載したスマートウォッチを発表。クラボウと提携し、工場作業者の暑熱リスクと体調管理ができるシステムに連動する。作業者が自分の体の状態を知るだけでなく、管理者による全作業員の集中管理機能を可能にした。
「コロナ禍で健康に対する考え方が一変した」と三寺は言う。個人の健康データを監視されることに抵抗があった人たちが、「見守られたい」と意識を180度変えたのだ。高齢化が進む建設業や製造業の現場で必需品となるだけでなく、自治体や病院は予防医学の見地から「見守り」の必要性を求めてきた。さらにウェルビーイングという言葉が市民権を得て、大企業側から「働き方」や「健康」での連携を求められるようになったのだ。
ミツフジ 代表取締役社長 三寺歩
ニッチと思われていた中小企業の試みに、世間が思わぬ反応を示して市場が大きくなる。経営者がとった行動が、ドミノ倒しのように人々の問題意識を変えていく。それが「新・中小企業」による市場の生みだし方ではないだろうか。
行動を続ける者こそ、世界の景色を変える主役になるのだ。
「Forbes JAPAN」2022年4月号では、スモール・ジャイアンツ受賞各社のインタビュー記事や経営学者・入山章栄、独立研究者・山口周など有識者らによる特別寄稿に加え、ユニークな新規事業に挑む地域発のイノベーターたちをモデルごとに一挙公開。地域に根差しながら、地球規模の視野で、よき未来をつくろうと邁進する彼らの取り組みからは、「いま」そして「これから」の企業のあるべき姿が見えてくる。