ライフスタイル

2022.02.23 17:00

人間だって、循環の一部。「The 北海道」の男たち


動物の命から教わったこと


「おいしい肉づくりは、豚が元気で幸せに暮らしていなければいけない」と豚の健康を何より願う平林さん。天然の土にはビタミンとミネラルが豊富に含まれ、そんな土をも食べるどろぶたの肉は、臭みのない上質なものに仕上がる。

また、どろぶたは通常の放牧豚より2カ月も長い8カ月をかけて飼育している。つまりは8カ月の命ということ。平林さんに「豚の命をどう考えていますか」と尋ねると、平林さんは「豚にとって自分は神様みたいな存在」と答えた。「だって自分が交配させてつくった豚であり、その命を絶つのも自分だからね。だったらせめて8カ月という期間はストレスのかからない、幸せな生活を送ってほしいんです」。

標津町在住の日本で唯一の羆猟師・久保俊治さんは、倉本さんが僕に会わせたいと紹介してくれた。猟師生活40年。いまも単独で山に入り、命をかけて羆を追う。倉本さん曰く「The北海道」というような方だ。そこでも命をどう考えるかという話題になった。「熊を撃つ瞬間に情が湧いたりとか、申し訳ないという気持ちが生じたりとかしないんですか?」と訊くと、「まったくしない」と久保さんは即答した。

「交通事故など予想外のことで家族を亡くした方がよく、『何も悪いことしてないのに』と言うでしょう。でもね、申し訳ないけれど、何も悪いことしてなくはないんです。生きているということが、何かの命を奪っているということにほかならない。みんな同じようにいつ死ぬかわからない、殺されるかもわからない。それがこの世の中、社会というものなんです」。動物の命を絶って生きる北海道の男たちの話は、それぞれに心に響いた。

旅の最後、僕は倉本さんにも尋ねた。「どんな死に方をしたいですか」と。倉本さんは言った。「森の中で息絶えたい。倒れた僕の体を動物たちが食いに来て、骨だけになる。しばらくすると微生物が分解して、何もなくなる。そういう死に方がしたい。人間だって、循環の中の一部分でしかないんだよね」。

倉本聰、86歳。もはや倉本さんこそ、「The北海道」だと僕は思った。

今月の一皿




脇屋友詞シェフの依頼で料理人ゴローがつくった「ハヤシライス」。筆者はこれにグリンピース、福神漬けなど添える。

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都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。


小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。

写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.090 2022年2月号(2021/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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