地域に根ざす政治家として、決断力が求められるリーダーとして、都市を運営し、未来もプロデュースする自治体の長に迫った。
北野:2003年、渋谷区議になった当時はご自身を「ソーシャルプロデューサー」と称されました。
長谷部:前職の広告代理店時代から、プロデューサーとして「まちづくり」のようなジャンルをいつか経験したいと思っていました。
北野:これまでに、確かにやれたなという仕事を自分で1つだけ選ぶなら、なんですか?
長谷部:区議になって初めて提案が通った「渋谷はるのおがわプレーパーク」です。従来の公園は禁止事項が多いんですよ。木登りはダメ、ボール遊びもダメ、水遊びや火遊びはもちろんダメ……それに対してプレーパークは「自分の責任で自分で遊ぶ」という場所です。遊びのなかで失敗や成功もしながら、いろいろクリエイティブなことにチャレンジしてほしい。議会でそう提案して実現したんです。
北野:この新しい庁舎も遊び心があるというか、区民として「来たくなる」感覚を覚えます。
長谷部:建て替えが決まっていたので、新しいことにチャレンジできたのはラッキーでした。渋谷区はDXも遅れていたのですが、区役所が移るタイミングで環境を調えて先頭に追いつけました。
仮庁舎時代には、若い職員たちと一緒に「いま感じている課題を新しい庁舎で解決できるのであれば取り組もう」とグループワークを重ねました。そこで出てきた要望が「縦割り」の解消です。僕も課題に感じていたので、「では、壁を外そう」と部署を隔てる壁をなくし、フリーアドレスにしました。
北野:フリーアドレスの区役所なんですか?!
長谷部:そんなアイデアも僕だけで実現するのではありません。実現できる人たちを見つけてきて引き合わせたり、その人たちがうまく回転して進めるよう配慮したり、あくまでプロデューサーの立場を心がけています。「ひとりだけで区政をやっていない」とは常に意識していますね。組織の代表でもあるので、職員の言うことを代弁するときもあります。
この仕事は「運転席で操縦して進める」感じでもないんです。先頭に立ち、ときどき背後から「あっちへ進んでください」などと言われながら走り続ける感覚ですね。課題が来たときには後ろを向いて相談することもありますし、自分がGOサインを出すことで、職員が一体となって物事が進むときもあります。