その美しさやあっと驚く設計者の逆転の発想から「2021年度グッドデザイン賞」も受賞したこの作品は海外からの注目度も高く、「The Grave of Kamakura Yukinoshita Church」で検索すれば、実に5万3000件以上の結果がヒットする。
美しく謎めいたこの「墓地」を設計したのは、「延床面積わずか18平米の『平屋』」というまさにコクーン(繭)のような住宅も手がけた保坂猛氏。このユニークな住宅を取材した「見上げれば直射月光、浴室は露天。文京区・超狭小『延床6坪平屋』の贅」は、Forbes JAPAN Webで多くの反響を得た。
生者と死者、2つの視界をもつというこの墓地誕生の裏には、建築家のどんな苦悩があったのか。そして、保坂事務所のコミュニケーション・マネージャーであり保坂氏の妻でもある恵氏は、数百枚のスケッチを経て「運命の1枚」が描かれ得たその瞬間までをどう伴走したのか。2人に話を聞いた。
「十字架を抽象化せよ」の難題、プレゼン1週間前まで続いた苦悩
保坂氏は墓地の設計を依頼された経緯を次のように振り返る。
「『1965年につくった共同墓地を、教会員の増加にともなって公同公墓として改修したい』と鎌倉雪ノ下教会から設計を依頼されたのは2019年のことでした。
その折、教会の墓地改装委員会からは、『教会の墓地である以上、十字架は必要。しかし、一瞥してそれとわかる十字架ではなく、できれば抽象化して表現してほしい』と伝えられました。それを聞いてからの2カ月間、ひたすら試行錯誤を重ねる日々でした」
鎌倉雪ノ下教会の八角形の礼拝堂は現代建築家である稲冨昭氏による設計。デザインされた十字架は、細かい具材をたくさん組み合わせ、「ぼんやりと十字架に見える」、それこそ抽象化されたものだ。その教会の墓地となれば、抽象化してほしい、という要望もうなづけるものだった。保坂氏は次のように続ける。
「私も、細かな十字架をコラージュのように重ねたアイデアなどを考え、模型も30個ほど作成しましたが、どれもしっくりこないんです。苦しむ日々の末、プレゼンテーションの1週間前くらいに描いたスケッチで、ようやく正解と思えるものに到達することができました」
写真:Koji Fujii / TOREAL
それは発想を90度回転して、「地面と水平に、大きな十字架を寝かせてみた」スケッチだった。