十字架で「グッドデザイン賞」。施主を唸らせた『90度回転』の意匠

[鎌倉雪ノ下教会 墓地]実施設計時図面(寸法入)


「蘇りの光をコンクリートで、水平に」にたどりつくまでの日々


「2021年グッドデザイン賞」受賞の際、審査委員の評価でも「クリスチャンでもある設計者の、宗教に対する深い理解が導いた造形」とあったとおり、保坂氏も妻の恵氏もクリスチャンだ。

とはいえ、鎌倉雪ノ下教会はプロテスタントの教会、保坂夫妻はカトリックの信者。ただ妻の恵氏は12歳までプロテスタントの教会に通った後、カトリックの学校に進学、カトリックになったという経歴を持つ。

コミュニケーション・マネージャーとして、最後のスケッチにたどりつく瞬間までの苦しみを保坂氏とともにした恵氏にも話を聞いた。


保坂猛氏と、妻でありコミュニケーション・マネージャーの恵氏。冒頭の文京区の自邸で話を聞いた

「私は保坂よりクリスチャンとしては先輩で、プロテスタントとしての知識がほんの少しあります。今回の仕事には、そんなことからもパートナーとして関われたと思います。

実は今回のお話を受けたとき、まず保坂が『施主は誰だろう?』と言ったんです。そこで2人で考えた結果、施主は神でありキリストであり、墓地で眠る方であり、これから入る方である。また未来の世代の、見えない施主も数しれずいる。そんな多くの施主に向けて私たちは仕事をするんだ、と気づきました」

しかし、そこからがむしろ「闘い」だった。

「新しいプロジェクトが始まるたび、彼のデスク上は仕事の主題を中心にした箱庭になり、あたかも小さなテーマパークのような様相を呈します。その光景は毎回、壮絶かつ壮観なんです」

今回も例外ではなかった。デスク上にはまず聖書が置かれ、そして教会からもらった牧師氏の本が、ついで鎌倉雪ノ下教会建設についての本が並び、2人で集めた大量の資料が積まれた。空いたスペースに色鉛筆が用意され、そこでいよいよスケッチブックが開かれる。

その白いページにまず描かれたのはやはり「オーソドックスに垂直直立する十字架」だった。そこから、「これではない、違う」と繰り返し考え続ける日々が始まった。

恵氏はこう証言する。

「いよいよプレゼンがあと1週間に迫ったある日のことです。私たちの脳裏に、ある記憶がよぎりました。

以前、保坂は湘南キリスト教会の設計依頼を受けたことがありました。話を聞くため教会にうかがった時、90歳を超えるとお見受けするご婦人が、『かっこいい教会を設計してちょうだい。私のお葬式に来た人がびっくりして、クリスチャンになりたくなるような教会を』と言ってくれた。その表情が蘇ったんです。

彼女は生き生きと眩しいほどの笑顔で言葉をかけてくれました。そのお顔を思い出した瞬間、墓地は今回の施主でもあるクリスチャンの人たちにとって『終わりの場所』ではなく、信仰を証する場所でもあるということが鮮やかに思い出されたのです。

スタジオジブリの宮崎駿さんの言葉に『ヒントは半径3メートル以内にある』がありますが、ヒントはまさに3メートル以内どころか、私たちの記憶の中、いわば脳内にあったんですよね」
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文=石井節子

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