「水平に浮かんでいるかたちなので、地上を歩いている人のアングルからは『十字架』とは認識されない。歩いて道を通り過ぎる、あるいはお参りするために歩み寄ってくる人の目が当然とらえるはずの要素をあえていったん切り捨て、別の座標軸で組み合わせることで、十字架の形態をより象徴的に、抽象的に再現することができるのではないかと思ったんです」
7メートルもある長大なオブジェクトが横たわって空中にあるので、真上から、たとえばグーグルマップのようなもので見ればはっきり「大きな十字架」に見える。つまり、天国に行った人が天空から見ると「あ、あそこが自分のお墓だ」とわかるという設計だ。
「地下にある納骨堂から見上げても十字架に見えます。そうだ、上からも下からも『死者の目線』で見て十字架に見えるものを、敷地内でゆるされる限りの寸法で実現しよう。これが、最終的にたどりついた答えでした」
断面図。地下に合葬納骨室がある
浮かぶ十字架は鉄筋コンクリート、「十字」の3本脚はステンレス
とはいえ「空中に浮かぶ十字架」は、実際に建設するうえでは多くの問題を抱えていたという。保坂氏が次のように説明する。
「十字架は鉄筋コンクリートで作ることを前提としたため、重量が3.38トンもある。4本の脚で支えれば問題はないのですが、どうしても、キリスト教の『父と子と精霊』、三位一体の『3』を具象化した、3本の十字形の脚で支えたかった。しかしそれでは、十字の長い方の鉄筋が経年によって『たわむ』恐れがあったのです。
そこでコンクリートの中にケーブルを入れて、それを5トンの力で引っ張った緊張状態で固める、プレストレスト(あらかじめ圧縮応力を与えられた)コンクリートを採用しました。土木関連、たとえば橋の脚などでよく使う技術で、非常に耐久性の高い仕上がりになります。
写真:Koji Fujii / TOREAL
加えて、巨大な十字架を支える3本の支柱にも高い意匠的価値を目指し、『ステンレス』を溶接した、上にいくほど細くなる十字架の形を考えました」
スチールで作ればコストが抑えられるところ、あえてステンレスにしたのにも理由があったという。
「スチールで作った場合、アルミメッキ、もしくは塗装をしなければならず、塗り替えが必要だったり錆びやすかったりするため、サステイナブルではない。その点、ステンレスは錆びにくく塗装も不要。加えて意匠的にも、金属の硬質さと艶やかな輝きを実視できます。
実は一般的に私たち日本人が思い浮かべる『墓』というと、四角い石が積み重なった形の石碑ですが、これはデザイン的にも具材的にも非常に耐久性が高いんです。この空中に浮かぶ十字架でも高い耐久性を目指したかった。そのサステナビリティとも呼応させて、十分な数の埋葬者名を刻むことができる黒御影石の墓誌を併置しました。
今回は敷地の幅が3メートル、奥行きが7メートルの、30平米足らずという小さなプロジェクトでしたが、区画いっぱいに水平につくった十字架は長辺が7メートルにもなりました。ちなみに7メートルを超える十字架は世界でも珍しく、他にはスウェーデンのストックホルムにある公共墓地『アスプルンドの森』にあるものくらいだと思います」