日本酒をめぐるブランディングやマーケティングがかまびすしい。あるつくり手は世界の誰が見てもラベルを読み解けるようデザインを工夫し、またあるつくり手は海外に醸造所を設け、日本酒の流通を飛躍的に進化させている。このことは、1973年以降の生産量が下降の一途をたどる日本酒業界において間違いなく喜ばしいことだが、ボトルデザインが百花繚乱になる一方、さて中身は? となると、見かけほどバリエーションに富んではいないと懐疑的な意見もある。
そんななか、世界で最も権威ある酒類のコンペティション「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」において、2020年のチャンピオン・サケに輝いたのが平和酒造(和歌山県)による「紀土 無量山 純米吟醸」であると聞いたとき、無性にうれしかった。濃紺の地紙に銀箔で「無量山」と押されたボトルはグローバルな局面で雄弁とは言えないかもしれないが、その中身の品質と味わいは圧倒的だと、世界のジャッジが認めたに違いないからだ。
平和酒造は昭和3年創業。酒造を始める前には仏寺だったそうで、その山号を受け継いだのが「無量山」。この名前を聞きなれない方も「紀土(キッド)」ならご存知だろうか。
08年に生まれた「紀土」は、甘やかな香りとバランスのよい旨味でこれまで日本酒を飲んだことがないという若年層にもウケ、日本酒の間口を広げることに成功した。しかし一方でつくり手としては、酒造りの本質的な喜びや挑戦から遠ざかってしまうというジレンマも感じていたそうで、飲み手が喜ぶだけでなく、つくり手自身が日本一美味しいと確信する酒を生み出そうと誕生したのがこの「無量山」シリーズというわけ。つまりは「紀土」の上位モデルとでもいうべきか。
この酒を「すっきりとキレがよく、ほどよい酸も感じられる。料理をよりおいしく味わうためのよいパートナーです」と語るのは「銀座ふじやま」の藤山貴朗。なかでも炭火で焼いたゆり根のほくほくした甘味と「紀土 無量山 純米吟醸」の組み合わせは、パズルがかちりとあったような出会いものであり、藤山自身も驚いたという。
そのペアリングを口にして、不易流行という言葉がポカリと浮かんだ。新味を求めて変わり続けていく「流行」と、変わらない「不易」は根本を一にして、物事を進化させるにはその両輪が必要だという芭蕉の俳諧の教え。日本酒の不変の価値、本質的な美味しさがここにある。
KID MURYOZAN Junmai Ginjo
容量|720ml
使用米|特A山田錦(精米歩合50%)
価格|2530円
問い合わせ|平和酒造