ビジネス

2022.02.12 17:00

時代の変わり目を読み切って完全復活したマイケル・デル


ダーバンはデルの心をくすぐるためにこう言った。

「あなたとビル・ゲイツは違う。あなたは堂々と製品に自分の名前を付けている」

ダーバンのピッチは成功した。デルは、友人でKKRの共同創業者であるジョージ・ロバーツに1本電話をかけた後、テック業界では初となる特大級のLBOを画策する意思を取締役会に知らせた。

この13年のバイアウトでは、ウォール街で激しい攻防が繰り広げられた。物言う株主のカール・アイカーンが発言力の大きい抵抗勢力の株主集団を率いたのだ。だが現実には、デルとダーバンのほかにデル社を買収したい者、パソコンの未来に賭けようという者は誰もいなかった。

大型買収から再上場へ


イーゴン・ダーバンはそのとき、重要な会合を終え、自宅へ向かう自家用ジェット機に乗っていた。会合は、地元では「城」と呼ばれているデルの豪邸で開かれた。15年の4月、聖金曜日のことだ。デルとダーバンは大型買収のために、城でEMCコーポレーションの最高幹部たちを口説いていたのだ。

EMCは価値の高いソフトウェアとクラウドコンピューティングの子会社を傘下にもつ世界有数のデータストレージ企業で、デルは長年にわたり狙っていた。大企業のIT部門を顧客にもつ同社の規模と、そのソフトウェアとクラウドコンピューティング資産の宝庫を自身の帝国に加えたい彼にとって、EMCの株価の低迷は明らかな好機だった。

デルとダーバンは何カ月にもわたって世界中でEMC幹部と会ったが、取引には程遠い状態にあった。そこで、同社のジョー・トゥッチCEO(最高経営責任者)とビル・グリーン取締役、幹部のハリー・ユーを自宅でもてなすことにした。トゥッチは引退間近。物言う投資家でEMC株を大量に購入したエリオット・マネジメントの関与もあり、急ぐ必要があった。最大の障害は現金650億ドルの調達だった。

ダーバンとユーは、シリコンバレーに戻る機上で買収の話を始めた。ユーは紙ナプキンを取り出すと図を描き始めた。EMCが保有する最も価値の高い資産はクラウドコンピューティングのインフラ大手VMwareの81%の持ち株だった。残りの19%の株式はすでにニューヨーク証券取引所で取引されており、企業価値は350億ドル。通例に従えばデルにはEMCのすべてを現金で買収する必要があった。

だがユーは、EMCが公開市場で取引される「トラッキングストック」を使ってVMwareの保有株式を上場させる方法を検討していたことを明かした。ユーはダーバンに、この手段を活用すれば買収コストを抑えられることを示したのだ。

9月の初旬には、600億ドルを超える買収取引が具体化しつつあった。デルとダーバンはニューヨークへ飛び、米国最大の銀行JPモルガン・チェースのビリオネアCEO、ジェイミー・ダイモンとともに、EMCの取締役会の面々の前に出た。買収に懐疑的な役員からは、デルがすぐに引退してビーチ暮らしでもするのではないかという疑問も飛んだ。「双子の子供たちが大学進学で家を出てしまいますので、やることが随分と減るんです」

デルは、巻き起こった笑いを受けて言った。

「仕事に一心に励む所存です」

資金に関する質問は、ダイモンが引き受けた。

「資金はあります。御社のすべてを買収できます」

1カ月後、670億ドルという巨額の買収取引が合意に達した。デルは負債のかたちで驚異の500億ドルを調達し、EMCを投資適格級企業からジャンク級企業に変え、VMware株の53%に相当するトラッキングストックを発行し、120億ドルもの現金を節約した。機内でナプキンに描かれた買収取引は、資金を節約しただけではなかった。
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文=アントン・ガラ 翻訳=木村理恵 編集=森裕子

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