ある音楽関係者はこう見る
VOZ Records(ボズレコード)代表、堀克巳氏は、自身のブログ(まいにちポップス)で以下のようなことを書いている。
「実は『ヒア・カムズ・ザ・サン』人気はコロナ以前からのものだ。2019年9月の集計を見てみると、イギリス国内で一番ストリーミング再生され、ダウンロードされたビートルズの曲がこの『ヒア・カムズ・ザ・サン』だったそうだ(5000万再生。『レット・イット・ビー』は2600万回)。
(George Harrison, Paul McCartney, Ringo Starr and John Lennon at All You Need Is Love TV Show from Abbey Road June 1967, Getty Images)
もっとさかのぼると、iTunesで『ダウンロード販売開始週にトップになった』初めてのビートルズの曲も、この曲だった(2010年)。
それを考えると21世紀、世界でもっとも人気のあるビートルズ・ソングは『ヒア・カムズ・ザ・サン』だと言っていいのかもしれない。
しかし、ビートルズのオールド・ファンにしてみると、これは意外なことなのではないだろうか。だいたい、この曲は当時シングルになってさえいない。音楽のダウンロード販売が始まった2010年に初めてチャート入りしたのだ。
これは、いわゆる『ビートルズ神話』とは離れたところで、この曲が聴かれているということなんじゃないだろうか。そこには、Spotifyをはじめとする『定額聴き放題』サービスの構造にも理由があるような気がする。
『聴き放題』サブスクリプションサービスの中心は『プレイリスト』、すなわち、『あるテーマのもと、誰かが選曲したもの』だ。そして、元になるテーマの多くは、元気を出したいときに聴く曲とか、ドライブで聴きたい曲といった、『気分』や『聴く状況』だ。
『ヒア・カムズ・ザ・サン』は、『明るく、いい気分になりたい』ときに聴く曲としての定番になっているのではないか。それはポップスのそもそもの存在意義ともいえるかもしれない。そしてコロナ禍は、そういう気分への希求を後押ししたのだろう」
堀氏は、『ジョージ・ハリスン自伝 I・ME・MINE』(2002年、河出書房新社刊)から以下の箇所を引用している。「『ヒア・カムズ・ザ・サン』はアップル(注:ビートルズが設立したイギリスの企業アップル・コアのレコードレーベル、『アップル・レコード』のこと)が学校のようになってしまっていた時期に書いた。僕らは毎日オフィスに通い、ビジネスマンのようにあっちの書類、こっちの書類にサインしなければならなかった。それはまるで冷たい冬が永遠に続くようなもので、春が来るのをひたすら待ちこがれていた。そんなある日、意を決してアップルを『フケる』、つまり無断欠勤することにした。ぼくはエリック(クラプトン)の家に行き、庭を散歩した。会社に行って間抜けな会計士たちと顔を合わせなくていいというだけで、すばらしくやすらかな気持ちになった。そして、エリックのアコースティック・ギターを一本借りて庭を歩き、『ヒア・カムズ・ザ・サン』を書いたのだ」。
──今、1970〜80年代のディスコブームを牽引したといってもいいR&Bの名曲、アース・ウインド & ファイアー の「セプテンバー」がリバイバルしている。TikTokerたちが踊りをつけて歌い始めたことから、21世紀のティーンエイジ層に受け入れられているのだ。
この再流行にも音楽が「ストリーミング」「サブスクリプション」で聴かれるようになったことが関係していそうだ。そしてなにより「明るく、いい気分」を感じる音楽が時代や世代を越えてリスナーを獲得することが、この現象によっても示されている。