内村航平の「ゾーン」覚醒。その要因と素直に受け入れられた限界

photo by Kansas City Star / Getty images


至高のオールラウンダーぶりも披露した内村は、金メダルに加えてロンジン・エレガンス賞も初めて受賞した。1997年に制定された同賞は各世界選手権で最も上品で、カリスマ性を漂わせる演技をした選手が対象となる。引退まで強いこだわりを持ち続けた正確な着地を含めて、誰よりも美しい演技を披露した証も手にした内村はこんな名言も残している。
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「個人総合の金メダルも嬉しいけど、何よりもエレガンス賞をもらえたことが嬉しい」

ゾーンの覚醒


ボイや銅メダルを獲得した山室光史をはじめ、誰も足を踏み込めない領域にまで内村を昇華させた“ゾーン”はなぜ生まれたのか。

「人生で一番、心技体がそろっていた時期だったのかなと思っています。練習量もそうだし、練習の質もものすごく高かった。メンタルも当時が一番強かったし、体で痛いところもなかった。何をやっても自分はできる、と思っていた状態だったので」
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引退会見で11年間の自分を思い起こした内村は、胸を張りながらこう続けた。

「でも、一番の要因は世界で一番と言える練習をしていたからだと思います」

体操競技は種目ごとに繰り出される技のうち、男子で10個、女子では8個を上限としてそれぞれ採点されたものの合計で争われる。10個(8個)の技をつなげていって、最後に着地するという練習内容になる。

本番では両腕や肩、腰、ひざ、足首と身体中に想像を絶する負荷がかかる。それを練習から同じ強度で、納得するまで何度も繰り返せたと振り返る内村は、伝説を打ち立てた世界選手権個人の総合決勝に挑んだ自分をあらためてこう表現した。

「演技を失敗する気がしないとか、そういう次元ではなかったですね。自分一人だけがあの舞台を楽しんでいる状況だったというか、強さとかそういうものとはかけ離れていたというか。翌年のロンドンオリンピックでも“ゾーン”を再現したいと思って臨みましたけど、自分から狙ってできるものではないこともわかりました」

ロンドンオリンピックの個人総合を制した内村は、翌2013年以降の世界選手権でも金メダルを獲得し続ける。前人未到の個人総合6連覇にリオデジャネイロオリンピックでの個人総合を加えて、実に8年続けて個人総合で頂点に立ち続けた。

特に歴代4人目となるオリンピックの個人総合連覇は、先行するウクライナのオレグ・ベルニャエフを最終種目の鉄棒で大逆転。オレグとのマッチレースで体操会場を支配し続けた瞬間を、東京の世界選手権に次ぐ記憶に残る戦いとしてあげた。

周囲から“絶対王者”と呼ばれた内村だが、それでも“ゾーン”を経験できたのは東京の一度だけだった。一転して2017年以降は世界大会における金メダルから遠ざかり、4度目のオリンピックとなった東京大会は種目別の鉄棒だけに絞らざるをえなかった。

「リオデジャネイロオリンピック以降は急に練習が思うようにできなくなって、身体の痛む箇所を気持ちでカバーすることもできなくなって」

自らに生じた変化を振り返った内村は、演技途中で落下した東京五輪を予選敗退で終える。そして、生まれ故郷の北九州市で昨年10月に開催された世界選手権へ向けて、必死に気持ちを高めていく過程で現役引退を決めた。理由は単純明快だった。
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文=藤江直人

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