内村航平の「ゾーン」覚醒。その要因と素直に受け入れられた限界

坂元 耕二

photo by Kansas City Star / Getty images

体操ニッポンを“絶対王者”としてけん引してきたレジェンド、内村航平(33・ジョイカル)が現役生活に別れを告げた。6種目で争う個人総合にこだわり続けてきた究極のオールラウンダーは、都内のホテルで1月14日に臨んだ引退会見で、最も記憶に残る瞬間としてオリンピックではなく2011年10月14日に東京で開催された世界体操競技選手権の個人総合決勝をあげた。「競技人生で唯一“ゾーン”を経験した」のだという。

一流のアスリートが感じる“ゾーン”とは、どのような世界なのか。内村の言葉を介して当時の特異な感覚を再現しながら、アスリート以外の一般人も共有できるものなのかどうかに迫った。

思い通りに進む感覚


4年に一度しか巡ってこないオリンピックよりも、オリンピックイヤーを除いて毎年開催される世界体操競技選手権。現役に別れを告げた内村航平がベストの試合としてあげたのは後者。それも11年も前の第43回大会だった。

都内のホテルで1月14日に開催された引退記者会見。体操人生で最も熱く盛り上がった瞬間はいつかと問われた内村は、東京で開催された世界体操競技選手権の個人総合決勝をまずあげ、自分だけが感じた摩訶不思議な世界を理由にあげた。

「今まで経験したことがないぐらいの“ゾーン”を感じたんです。当時の感覚や演技をしている間に見えた視界が、今でも鮮明に記憶に残っているので」

記者会見に臨む内村航平
記者会見に臨む内村航平。1月14日都内ホテルにて。

集中力を極限まで高めたアスリートが、競技以外の思考や感情をすべて忘れた状態で目の前の試合に没頭する。無我の境地とも例えられる、いわゆる“ゾーン”に入った状態を、内村は個人総合決勝が行われたその日の朝から感じていた。

「起床したときから『今日は何をやっても上手くいく』という感覚があって、実際に試合が終わるまで、すべてが自分の思う通りにいったんですよ」

11年前の記憶を紐解く内村は目覚める数分からベッドのなかで、夢うつつの状態で“ゾーン”を感じていたとも明かす。実際に演技そのものも異次元のレベルにあった。

ゆか、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、最後の鉄棒と6種目すべてで15点以上の高得点をマークし、なおかつそれぞれ3位以内に入る完璧な演技を披露。2種目目のあん馬を終えた段階で首位に立ち、世界大会における自己最高の総合93.631点にまで伸ばし優勝する。

2009年ロンドン、2010年ロッテルダム両大会に続く世界選手権の個人総合3連覇は史上初の快挙。ロッテルダム大会に続いて東京で銀メダルを獲得したドイツの実力者、フィリップ・ボイとの3.101点差が世界最大(当時)となる圧勝を内村はこう振り返る。

「もう一生出せない、と感じたというか、あそこまで自分の思い通りにいくことはもうないと思えたぐらい、それぐらいすごい一日でした。あれを一回経験できただけでも、人間をちょっと超えられたんじゃないかなと今でも僕は思っています」
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文=藤江直人

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