宇宙技術を活用することで、都市が抱える様々な課題をどこまで解決できるのか。ふたりが考える、安全・安心なまちづくりに向けた取り組みと、その可能性に迫る。
「宇宙エレベータ」と聞くとSFの世界や遠い未来の話のように思うかもしれないが、理論上は実現可能な域に達しているという。その宇宙エレベータに10代の頃からいち早く目をつけ、そのロープ走行技術をもとに大学発ベンチャーとして起業したのがZip Infrastructure代表取締役社長の須知高匡だ。現在は、宇宙エレベータの技術を応用して、都市型自走式ロープウェイ「Zippar」(ジッパー)の開発を進めている国内唯一の交通インフラベンチャーだ。
一方、NECの電波・誘導事業部主任の大野翔平が取り組んでいるのが、衛星搭載合成開口レーダ(SAR:サー)で観測したデータの利活用。SARは宇宙にある衛星からマイクロ波を照射して、跳ね返ってきたマイクロ波をセンサーが捉えて地球の地表データを収集するもので、他のレーダと違って昼夜問わず、天候にも左右されずに観測できる利点がある。
Zipparのイメージ図
SAR衛星のイメージ図
いま、都市では、交通渋滞やインフラの老朽化、自然災害への対策、運転やメンテナンスにおける人手不足など、さまざまな社会課題を抱えているが、宇宙技術を使うことで、今の暮らしや都市のシステムをどのように改善できるのか。より安心して暮らせる都市実現の可能性と、未来のビジョンについて、若きふたりが語り合った。
宇宙技術の発展と低コスト化で広がる用途
須知高匡(以下、須知):宇宙といえばロケットが一般的でしたが、宇宙エレベータを研究するサークルがあることを条件に大学を選んだほどで、超小型衛星や衛星探査機、宇宙エレベータの昇降機の開発も在学中からしていました。もともと宇宙好きな子どもでしたが、人と同じことをしたくなかったのと、実現できればロケットより費用対効果の高い宇宙エレベータに興味をもつようになったんです。
そして2018年、大学3年生のときに大学発ベンチャーとして起業しました。ワイヤー上を移動するクレーンの試作機製作をメーカーから受託したのちに、一昨年から開発を進めているのが、都市型自走式ロープウェイのZipparです。
大野翔平(以下、大野):ロケットではなくエレベータに着目されたのと似ているかもしれませんが、私もSARのいつでもどんな状況でもデータが取得できる点に、GPSや気象衛星、通信衛星にはないポテンシャルを感じたのが始まりです。大学時代から合成開口レーダSARの画像認識に関する研究をしているのですが、近年、SARは機械学習やさまざまな解析技術と掛け合わせてSARの取得する画像データを幅広い分野で利活用できるようになりました。
そのなかでも弊社では、インフラの維持管理や防災・減災、予防保全などのインフラモニタリングサービスに力を入れて取り組んでいます。Zipparは次世代の交通インフラとして非常に興味深いですが、構造やコスト面はどうなっているのでしょうか。
須知:通常のロープウェイはゴンドラがロープごと動き、カーブしたり分岐したりすることができません。でもZipparはロープとゴンドラが独立しているのでカーブも分岐も自由自在。“曲がれるロープウェイ”であることが最大の強みです。また、モノレールに比べて5分の1の低コストで、短期間の建設が可能という特徴があります。自動運転で運転士が不要なため、人手不足の心配もありません。今までにない交通インフラとして建設できれば、交通渋滞や電車のラッシュの緩和につながります。
大野:東京の鉄道は東西をつなぐものが主流で南北をつなぐ線が少ないので、そこをZipparがカバーできる可能性を感じます。SARの場合、都市が抱える課題として着目しているのが、広範囲で大量のインフラの老朽化です。1つ1つ点検していくのは時間、コスト、人員どれをとっても膨大なため、SARを活用して緊急度の高いものから効率よく点検できないかと考えています。
SARは全天候、昼夜問わず観測できる利点ともう一つ、数10kmから数100kmという広いエリアを観測でき、衛星と地表の距離情報を継続して解析することで、地表面や建物の微細な変化を察知することができます。これらにより、地盤沈下や建物の傾きなど平時から観測することで予防保全や災害時の被害状況の素早い把握に活かせます。災害は予兆がある場合とない場合がありますが、予兆を検知することで被害を防げたり、最低限に抑えたりすることができ、多くの人命を救うことに役立ちます。
近年、SAR市場は技術が進んで、超小型衛星化した低コストのSAR衛星が数多く打ち上げられてまさに過渡期。今後ますます観測頻度、画像精度も上がって用途が広がっていきそうです。
技術開発よりもニーズがあるかどうかが鍵
須知:Zipparも次のフェーズに入ろうとしていて、1人乗りのプロトタイプの実験が終了して、今年の秋ごろには神奈川県秦野市で8人乗りモデルの試乗実験を始めていきます。これは昨年6月に秦野市と次世代交通システムの開発とまちづくりの活用に関する連携協定を結んだことから始まった展開で、今年1月、実験場となる約9800㎡ある工場用地を確保することができました。
大野:1人から8人乗りに規模が拡大するのですね。安全面の強化でロープの強度もあると思いますが、そもそも宇宙エレベータ建設の議論を一気に加速させた一つに、1991年にNECの研究員が発見した炭素繊維のカーボンナノチューブがあります。衛星と地球をつなぐケーブル素材として注目されていますが、どう捉えていらっしゃいますか。
須知:鋼鉄の約20倍の理論強度があって理論上は使用可能です。しかし、宇宙エレベータの総延長距離は約10万kmといわれていますし、他にも材料やエネルギー供給などさまざまな面で、大きなブレイクスルーが2個も3個も必要だと感じています。いっそのこと重力が地球より弱い火星で実証実験した方が、採算がとれて開発は進むのではないかと思うほどです。
こう言うと、やむなくZipparの開発にシフトしたように思うかも知れませんがそうではなくて、むしろ社会的ニーズを汲み取りながらZipparの開発を進めることで、宇宙エレベータの建設に近づいていっていると感じています。
大野:宇宙技術で社会課題を解決することで、その経験が宇宙技術に生かされることは大いにあり得ますね。SARもまさにそうで、社会的なニーズ、課題と向き合った時に取得データ単体ではなく、さまざまな技術開発と掛け合わせる発想が生まれていきました。その一例が、自動車に設置するドライブレコーダーやGPSを使って路面の異変を検知するNEC独自の道路劣化判断サービス「くるみえ for Cities」です。
SARの数10kmから数100kmの広域を一度に捉えられる“マクロの視点”と、ドライブレコーダーの“ミクロの視点”を組み合わせて路面劣化の原因や進行状況の分析をするものです。空港の滑走路の変位計測に利用することで大事故を未然に防ぎ、安全面の強化を図ることもできます。
須知:なるほど。自動車といえば、デジタルモビリティとして空飛ぶ車や電動キックボードなど個別の移動手段の技術開発が盛んですね。一方でリニアモーターカーや時速1000kmで走る次世代輸送システム、ハイパーループなど輸送量が大きい乗り物が注目されています。
実は、その間の中量領域がブルーオーシャンなんです。大学やショッピングセンター、工場など1時間に1000〜2000人ほどが移動する規模感で、この領域でZipparの実績を上げていこうと考えています。施設内だけではなく駅から少し離れた土地をZipparでつなぐことで不動産価値向上や、駅前の送迎車の軽減による渋滞の解消などに寄与できると考えています。
目指す未来のために歩みを進める
大野:Zipparのことをお聞きするまでは、交通渋滞の解消も人流分析を加速化させて、鉄道を効率的に走らせればいいと思っていましたが、既存の交通インフラの外にあるアイデアを具現化していくのが大切だと痛感しました。SARももっと積極的に安全・安心なまちづくりに貢献し、2030年頃には都市OSやスーパーシティ構想に組み込まれ、SARを含めた衛星データが道路や橋梁、建物などの異変、災害の予兆をいち早く検知することが周知されて、日々の生活を見守っていることをもっと身近に感じてもらえるようになっていたらと思います。そのためにもロボットやドローン、光ファイバーなどさまざまなテクノロジーと連携して、現状のデータの「見える化」からデータを使った「対処」のフェーズまでもっていきたいです。
須知:僕も2023年までに8人乗りのZipparの実証実験を成功させることからです。Zipparの実績を上げていく先に宇宙エレベータの建設を見据えています。宇宙エレベータのための宇宙エレベータ建設ではなく、社会的ニーズのある宇宙エレベータを建設する。その足掛かりとしてZipparがあって、社会的ニーズを生み出して多くの人の活動を活発にし、日々の暮らしの活動領域を広げることへの貢献があります。多くの人に喜んでもらえる都市の課題解決の技術やノウハウを積み上げていけたらと思います。
関連リンク
Zip Infrastructure
NEC 宇宙から見守るまちの安全・安心 ~衛星搭載合成開口レーダ活用サービス~
須知高匡◎Zip Infrastructure代表取締役社長。24歳。慶應義塾大学理工学部卒。2018年、在学中に国内唯一の交通システムを開発するベンチャー企業Zip Infrastructureを設立。第2回神奈川学生ビジネスコンテスト最優秀賞受賞。現在、自走型ロープウェイZipparの開発を進める。
大野翔平◎NEC 電波・誘導事業部 主任。31歳。2015年にNECに入社。衛星SARデータの開発・解析業務を経て、本データ利活用ビジネスの顧客提案、マーケティング、委託研究業務などを担当。現在、衛星SARを活用したインフラ維持管理の取り組みについての拡販活動も担う。