──北京五輪やW杯などの国際大会、あるいは国内で今後開かれる各種競技イベントでも、様々な事案発生が想定されます。この東京2020の知見は活かされるでしょうか?
今回の取り組みは先日IOC、北京・パリ・ミラノ/コルティナダンペッツォの組織委員会にも共有し、ガイドラインはIOCから東京2020の「レガシーとして」公開されることになっています。
また、Centre for Sport and Human Rightsのオンラインイベントに組織委員会持続可能性部の杉本信幸氏が招かれ、今回の取り組みの意義が紹介されました。
オリンピックはもちろん、今後様々な国で開催される他のメガスポーツイベントでも活かされていってほしいと願い、活動を続けてきました。
(c) Centre for Sport and Human Rights
──この「人権レガシー」は、日本ではどう継承されていくでしょうか。五輪公式映画監督を務められた河瀨直美さんは、記録できなかった競技があったことをすごく残念がっていらっしゃいました。レガシーの継承について、お考えをお聞かせください。
東京2020で多くの問題があったことも事実で、このWGに限らず、組織委員会、大会に関わった一人一人が真摯に取り組んで生み出されたレガシーがあることも事実です。
正のレガシーも負のレガシーも記録して継承していくことで、少しでもポジティブなものに発展させていくことが私たち五輪に携わったみんなの想いであり、未来に対する責任でもあるのではないでしょうか。IOCでもレガシーの継承について、公式映画もまさにその一つですが、尊重されています。
先に述べたとおり、ガイドラインはレガシー版としてIOCからリリースされることになっていますが、日本国内でもなんらかの形で遺す方法を考えています。
五輪の政治化問題にスポンサー企業の責任… 難題にどう挑む?
外交ボイコットを呼びかけた米民主党のナンシー・ペロシ下院議長(Photo by Anna Moneymaker/Getty Images)
──北京五輪は外交ボイコットという政府間の対立や、スポンサー企業も巻き込んだ国際経済社会の問題に発展しています。これらについてはどうお考えでしょうか?
外交ボイコットについては、過去には選手団を派遣しないボイコットが繰り返し起きていますので、こうした歴史からアスリートの参加と区別したところでの政治的決断として認識されていると思います。
北京五輪に向けては、外交ボイコットすべきかどうかの二者択一の決断を迫られましたが、今後は本質的な五輪開催の意義を議論すべきです。
企業については今日、五輪スポンサーに限らず良き企業市民として社会課題に関与することが期待され、「ビジネスと人権に関する指導原則」でも責任が明示されています。
スポーツの世界でも、BLMやメンタルヘルスの問題に直面した大坂なおみ選手への支持表明や、サッカーW杯隔年開催案へのアディダス社の反対表明といった、スポンサー企業が様々な課題に対する考えをファンやアスリートとも共有する姿勢が見られるようになりました。今後のファンエンゲージメントの方向性としても、注目すべき新たな時流です。
──日本が国際社会、スポーツの世界の中で果たせる役割は?
コロナ禍での大会開催国として、またアジアの一国としても、“調整役”を務めることができるのではないでしょうか。
極力何もしないことによって中立の立場を貫くのではなく、IOC、競技団体や元アスリート、スポンサー企業とも連携して、あらゆる課題の解決に貢献できることがあるはずです。小さな一歩かもしれませんが、今回の人権への取り組みのIOC、他の大会組織委員会とのシェアも、このような想いから行ったものです。
世界ではすでに新しい五輪の形を模索する方向にあります。パリ2024でも「開かれた大会に」という壮大なチャレンジに取り組んでおり、先頃発表されたセーヌ川での開会式も、その姿勢を表現する画期的な成果です。
先ほどのルール50についてもそうですが、オリンピック、スポーツの世界でも難しく高度な調整をいとわず、失敗を恐れずに課題解決や価値向上に正面から挑戦しなければ立ち行かない時代に来ています。
山崎卓也◎Field-R法律事務所 弁護士。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会人権労働・参加協働WG座長。1997年弁護士登録後、スポーツ、エンターテインメント業界に関する法務を主な取扱分野として活動。スポーツ仲裁裁判所(CAS)仲裁人、国際プロサッカー選手会(FIFPro)アジア支部代表、世界選手会(World Players)理事、日本スポーツ法学会理事、英スポーツ法サイト"LawInSport"編集委員等を務める。