村上春樹の洞察力は経営(と人生)にとても有意義
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なぜこれほどまでに村上春樹さんの作品に惹かれるのか。100人のファンがいれば100の理由があることでしょう。都会的なセンスの良い会話、映画・音楽に関する深い造詣、右に出るものがいない文章力、溢れるユーモア、夢想的舞台、弱きものへの温かなまなざし、理不尽なものへの断固たる姿勢(たとえば、オウム事件に関連した『約束された場所で underground2』<1998年、文藝春秋>は涙なしでは読めません)……。
これら一般的に認識されている(と思われる)魅力に筆者が加えるとするならば、一つにはどこを読んでも面白いということです。もちろん、最初から最後まで読んでも面白いです。でも、「あの場面もう一度読みたいな」と特定の場面を探して読んでも面白い、ぱらぱらっとめくり開いたところを読んでもやっぱり面白い。なんだかアーモンドチョコ(一粒で二度おいしい)みたいですね。
二つ目に「ヴォイス」。シャイな村上春樹さんは滅多に表には出ないですが、対談している数少ない方、川上未映子氏の著作より『六つの星星』(2010年、文藝春秋)──「ヴォイスとは、文体やテーマではなく、それを凌駕する自分では選択できない、宿命的にとらわれてしまっているもののことです。歌手で言えば声質ですよね。アレンジが変わっても、メロディーが変わっても、歌詞が変わっても変わらない声質みたいなものがやっぱりある。表現する人には、そういう指紋のようなものがある」。
私は村上春樹さんの「ヴォイス」の虜です。(ちなみに、川上未映子氏もとても面白い方です。ビクターエンタテインメントから歌手としてデビュー、なんとその時のプロデューサーの一人が財津和夫氏。「乳と卵」で芥川賞を受賞。『わたくし率 イン 歯ー、または世界』<2007年、講談社>というこれまた奇妙なタイトルの著作があります)。
そして最も重要な点。本連載のテーマでもあります、人に関する洞察です。村上春樹さんは作品中の小説家に「小説家の仕事は観察して観察して観察する」ことと言わせていますが、優れた観察者は観察するだけでなく、優れた洞察力を持っています。
ブラック企業なる言葉も人口に膾炙しましたが、会社もできれば楽しいほうがいいですよね。多くの人にとって、人生の1/3、おそらくはもっと、会社に捧げているのではないでしょうか。人生の1/3がつまらない時間としたら、なんと悲しいことでしょう。会社経験のない村上春樹の質問「会社ってどんなところなの?」に対して、「不倫ができて楽しいところ」(村上春樹の盟友 安西水丸氏)と答えられるようになったら良いですね(笑)。
冗談はさてき、会社経営は人間の意思決定の積み重ねといえますから、文学が人間の探求だとすれば、優れた文学者の深遠な洞察は経営にも(そしてもちろん、われわれの人生にも)有益なはずです。
経営や人生において、問題・課題は次から次へとあふれ出てくるでしょうし(生きるって大変です!)、厳密にいえば一つとして同じことはないでしょうから、それらへの回答を提供しようとするのは不可能もしくは無意味です。どんなことが起きても対処できる考え方を鍛えることが重要です。村上春樹さんのモノの見方を学ぶことはその一助になると思います。