デムナは、ラグジュアリーブランドの「内輪な」世界に、アウトサイダー的な視点を持ち込んでいる。2014年に彼が立ち上げた「ヴェトモン」は、ラグジュアリー市場の伝統に真っ向から対立するカウンターカルチャーブランドだ。
デムナが、志を同じくするカニエ・ウエスト(現在はYeに改名)と出会ったのは、デムナがヴェトモンを創業し、バレンシアガに加わって間もないころだった。2人のクリエイティブな交流は、2021年8月にひとつ上の段階へと飛躍した。Yeのアルバム「Donda」のリリースイベントが、ジョージア州アトランタの「メルセデス・ベンツ・スタジアム」で開催されたとき、そのクリエイティブ・ディレクターをデムナが務めたことがきっかけだった。
そして今、彼らのパートナーシップは、ギャップとの新たなコラボレーションを通じてさらに進化しようとしている。Yeは2020年、Gapと10年間のクリエイティブ契約を結び、ここからYeezy Gapが誕生した。現在のところ、Yeezy Gapのラインで発売されたアイテムは2つだけだが、そのひとつであるYeezy Gap Hoodieは、同社の創業以来、単一アイテムの1日の販売数として史上最高を記録した。だが、ギャップにとってさらに重要だったのは、購入者の約70%が新規顧客だったことだ。
コラボレーションの今後の方向性について、2人は「人々に力を(power to the people)」という理念を共有している。ギャップは、今後もYeの「すべての人にとって実用的なデザイン」というビジョンを届けていくと発表している。
「Yeezy Gap Engineered by Balenciaga」のローンチによって、ギャップが失うものはなく、得るものは大きい。Yeにとってもそれは同じだ。Yeezy Gapにおける新製品リリースのペースが、ギャップのソニア・シンガルCEOが期待するよりも遅れているからだ。
バレンシアガに関して言えば、ラグジュアリーブランドが、高みから降りてきてマス・マーケットに参入するのはきわめて異例だ。だからこそ今回のコラボレーションは、大いに注目を集めている。
今回のコラボレーションは、次世代のバレンシアガ顧客を育てるブランドメーカーになる可能性がある一方で、現在の顧客が離れるリスクもある。しかし、バレンシアガの現在の顧客は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって激変した新たな世界のなかで、一般の人々にラグジュアリーのテイストを提供しようという同ブランドのオープンさを称賛するだろうと筆者は確信している。