そして、家入さんの意思決定を受けて、それを関係部署に説明に回るのも私の役割。もちろん、通り一遍の説明や、ましてや社長の威を借りたような態度では反感を買うだけで、心の底から納得してもらえませんから、「理」と「情」を尽くして対処しなければなりません。トップと現場の円滑なコミュニケーションを実現する潤滑油のような役回りですから、地味で目立たない存在であることが基本。正直、気疲れを強いられたものです。
また、国際法律事務所、国際会計事務所、ファイナンシャル・アドバイザーなどの外部のチームと、社内の多くの部門からなる専門家によるプロジェクト・チームが買収プロジェクトの実務を推進していましたから、その事務局も務めなければなりません。数えきれないほどの仕事を同時並行で走らせながら、いつ社長から声がかかるかわからないので、緊張感から解放される暇もありません。毎日が臨戦態勢。社内では、「時間あたり給料がいちばん安い管理職だ」とからかわれたものです。
「カバン持ち」が、最高のリーダー教育である
そんなにたいへんだったら、人員を増強すればいいのでは?
そんな質問が飛んできそうですね。あるいは、経営企画部などの専門部署が、その役割を担えばいいのではないか、と考える向きもあるでしょう。
しかし、それは正しい判断ではありません。
大人数がかかわる買収案件だからこそ、司令塔は機敏に動くコンパクトなものでなければ、「船頭多くして船山に登る」という結果になりかねません。司令塔は、あらゆる意思決定ができる社長に限定すべきなのです。となると、司令塔である社長の意思決定をサポートする直属の部下も、すべての案件を頭に入れておかなければ適切なアシスタントにはなれません。いわば、社長と脳を「同期」させておかなければならないのです。
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だから、当時の私のような役割はひとりの人間が受け持つのがベスト。複数人で対処すればスタッフの負担は減るでしょうが、アシスタントのなかに全体の整合性を考える人間がいなければ、社長の正しい意思決定に貢献することができないという結果を招くからです。
言い方を換えれば、社長直属のスタッフには業務負担は重くのしかかりますが、家入さんからマンツーマンでリーダーシップ教育を受けているようなもの。いわば「カバン持ち」のようなものですが、これに勝るリーダーシップ教育はないと言っても過言ではないのです。